獣医師は、この治療上のジレンマを科学的に大きく飛躍した獣医療方法論では解決することが出来ないのかもしれません。実際この事例で示しているように、獣医師によってアレルギー検査の結果などの科学的なデータを他院で説明されているにもかかわらず、飼い主は飼育方法を説明のように変えてくれていません。病気を継続させてしまい獣医師を悩ませています。これは、この治療上のジレンマを解消するために、客観的データや論理性・科学性などの“獣医師の武器”は通用しないことを示しています。「人は論理でなく感情で動く」とも言われますが、ペットを想う感情の前では科学的に妥当な治療法が吹っ飛んでしまうのだと思います。

 この治療上のジレンマは、飼い主側の要因だけが問題なのでしょうか。私は獣医師側の要因も関係していると考えています。なぜなら私たち獣医師は、自分の持つペットに対する思いや獣医療上の価値観(治療方法など)を基に飼い主とペットを見るため「絶句」しているからです。獣医師が持つペットに対する思いや獣医療上の価値観は、自分がどうして獣医師になったのかという職業選択の動機や獣医師自身の性質などが影響して形作られてくるものと考えられます。

 このように考えると、この治療上のジレンマは飼い主のペットを想う感情だけでなく、獣医師の感情も作用し生じてくることが分かります。つまり、獣医療の治療が決定されてゆく要因は、飼い主・獣医師の気持ち・感情が大きく関わっており、診察室にいる人の価値観が関わっているのです。大げさでなく獣医師と飼い主の人生そのものが関わっているのではないかと感じられることがあります。

 このような獣医療上のジレンマをクリアした獣医療サービスを提供するためには、診断・治療などの客観性・論理性を追求するだけでは難しく、ペットを治療する獣医師という人間は何か、ペットを飼育する飼い主という人間は何か、この人達の心の中ではどのような感情が渦巻いているのかということを検討することが必要になってくると考えられます。

 しかしながら、私たち獣医師は、獣医師や飼い主という人間を理解し、どのように対応したらよいかという方法論を持っていません。人間の西洋医学を模倣しながら発展してきた獣医療は、この方法論を検討してきていないからです。“ないものは作るしかない”。無謀にもこの方法論の土台を作ってみようというのが本ウェブサイトの狙いです。

 本ウェブサイトでは、その方法論の基礎として交流分析を応用しています。交流分析は、E・バーンという精神科医が体系づけた臨床心理学の一分野です。人が自分の人生を決定し、自分の望むように生きられるようになることを自律性の獲得といいますが、この自律性の獲得を目指す交流分析は、自分や他人の感情、行動、認知のやり方やその傾向がどのように獲得され、どのように変容してゆくのかをわかりやすい言葉で明らかにしてくれます。この交流分析の理論を身につけることによって、ペットにまつわる獣医師と飼い主の心の持ちようをつかむことができるようになります。交流分析を用いて獣医師が動物病院で交わる獣医師と飼い主の感情や行動の意味を理解するようになれば、獣医師は人の感情が関係する獣医療上のジレンマに対応できるようになるのではないかと期待できます。

 動物病院の診察室は、獣医師と飼い主の気持ちがぶつかりあい、葛藤場面が日々繰り返されます。いわば獣医師と飼い主の感情の交差点、ヒューマンスクランブル(人間交差点)です。多くの人間が動物病院を利用するようになった昨今、現代の獣医師はこのヒューマンスクランブルの交通整理を期待されているのだと思います。ヒューマンスクランブルの交通整理を担わされ、進むべき道を示すことが期待されている現代の獣医師の道標として本ウェブサイトが一助を担えれば幸いです。

獣医学では解決できない