獣医療をひも解く心理学 〜Psychology for Veterinary care〜
より良い獣医療の実現のため獣医師はAが活性化されている必要があると考えられます。
交流分析でAを活性化するということは、今ここで感じていることを適切に感じ取り、問題解決を行うための論理的・現実的な思考を行い、柔軟な姿勢で妥当と考えられる行動を行うことと定義されています。ここでまず獣医師がAを働かせて診療することが出来るようにする際、注意すべきポイントについて整理したいと思います。
注意すべきポイントの一つに、獣医師が自分の持っているまたは行っているディスカウントがあります。獣医師はより良く業務を遂行するにあたり、自身の持っているディスカウントに出来得る限り気づいている必要があると考えられます。ディスカウントは、前述のとおり自分、相手、状況の価値を過小評価する愛が欠如した行動や考え方です。人は時に自分の行っているディスカウントに気づくことができません。もし獣医師自身が無意識に行っているディスカウントに気づかず、ディスカウントを有しながら業務を執り行っていれば、利用者である飼い主やペットへの愛の欠如、スタッフへの愛の欠如が業務の中に存在してしまいます。このため、獣医師がディスカウントを有していることに気づかず診察業務を行うことは、動物病院利用者に害を及ぼす結果を招きます。そして、ディスカウントがあるということは、今ここで感じていることを適切に感じ取り、問題解決を行うための論理的・現実的な思考を行い、柔軟な姿勢で妥当と考えられる行動を行うことが出来ていない証拠になります。つまりAを充分に働かして現実に対処していない証拠になります。
無意識の中で行われているディスカウントは、本人にとって気づくことが難しいものです。しかし、自分の中で優位に働く人生態度やラケット感情や幼児決断には気づくことができるかもしれません。ディスカウントは人生態度、ラケット感情、幼児決断に影響を与えてゆきます。そこで、獣医師が自身の持つディスカウントに気づくためには、自分の持つ人生態度の傾向、ラケット感情の傾向、否定的に働く幼児決断の傾向を自分自身で分析してみることが有効です。ディスカウントがあれば、獣医師は第二から第四の人生態度いずれかを優位に持っています。つまり「私はnot OK」「相手はnot OK」と感じているときは何らかしらのディスカウントを抱いていると考えられます。ラケット感情もディスカウントから生じてきます。本物の感情以外のしばしば感じるラケット感情を診察中に感じているならば、それは自分・相手・環境いずれかの対象をディスカウントしている証拠です。否定的に働く幼児決断とは、自動的に行っている、自分で自分を陥れる考え方のことです。幼児決断の中に拮抗禁止令(ドライバー)や禁止令・許可(禁止令の12のリスト)など歪んだ人生脚本の形成に関係するものがあることを説明しましたが、幼児決断の中で自分に強く働き否定的な結末を生んでしまっているようなものは、ディスカウントの結果生じていると考えることが出来るでしょう。
このように人生態度、ラケット感情、否定的に働く幼児決断を鍵にして自分が行っているディスカウントに気づくことが出来ます。ディスカウントに気づくことが出来れば、自身をコントロールして相手にディスカウントの言動を行わないようにすることが出来るかもしれません。しかし、この幼児決断や人生態度、ラケット感情に基づくディスカウントをコントロールするということは多くの試練を乗り越えてゆく必要があることでもあります。その瞬間の気付きに心を開いて、何度も失敗しながら根気強く行動・言動の変容に努めていかなければならないでしょう。このディスカウントに気づき行動を変容する努力を重ねることで、獣医師は自身の人生脚本や人生態度、幼児決断が診察の中で与えてくれるメリット(たとえば獣医師業務のモチベーションなど;FCの活性化など)と、デメリット(たとえば医療行為を行う上での偏見や妄想、燃え尽き症候群や新卒獣医師のリアリティギャップなど;Aの抑制)を自分の中で整理しコントロールすることが出来るようになるでしょう。
もう一つの注意すべきポイントは、獣医師によるAの過剰です。獣医師が獣医療技術により診断・治療を行うとき科学的論理的思考を行いますので、ふつうAを活性化しています。よって獣医師が業務を行うとき、Aが働いていることが社会から最低限期待されることです。加えて、飼い主はペットによってAを抑制され、パターナリズム・お任せ医療の影響で動物病院の診察室でAが働きづらい状況に陥りやすいため、獣医師はAを働かして飼い主をリードして治療する必要に迫られることもあります。
しかし、Aが過剰に働きすぎることによって獣医療に弊害を生むこともあります。獣医師の過剰なAによって行われる診断・治療行為は、打算的で機械的で融通の利かないものとなります。このとき獣医師の過剰なAによる対応で、治療が機械的、打算的になりすぎれば、適切に飼い主のニーズに応えるように治療をリードすることが出来なくなると考えられます。これは「病気を見て人を見ず」の“心の通わない獣医療”につながりかねません。つまり、獣医師のAが過剰に働きすぎることもAの否定的な機能が優勢になってしまうため、獣医師は社会的要請に応えるサービスを充分に提供することが出来なくなってしまいます。
獣医師がディスカウントに気づいていること、獣医師が自身の過剰なAの働きに気づいていること、獣医師はAを活性化する際に注意すべきポイントとして、この2つのことを押さえておく必要があるでしょう。「自分も他人もOK」、「他人と過去は変えられず、自分と未来は変えられる」を原則に、このポイントを押さえつつ診療を行えば、獣医師は社会的に要望されているサービスを適切に提供することが出来ると考えられます。
このようなAを活性化する上でのポイントを踏まえたうえで、獣医師と飼い主のAの活性化の実際について具体的に考えてみましょう。