top of page

 獣医師が飼い主のAに対して行う交差交流・オプションが、反パターナリズムを目指すために用いることができる と考察しました。説得と反パターナリズムにおいて、ディスカウントがない交流を目指すことが重要であることについても触れましたが、ディスカウントしているか気づくためには獣医師が適正に獣医師自身の自我状態Aが活性化されている必要があります。

 このように考えると、獣医師も飼い主もAを働かせることが有意義な獣医療を実現する上で大切であることが分かります。獣医師自身はAを活性化するためのAからの交流が、飼い主に対しては自我状態をAに誘うためにAに向かう交流が、ディスカウントのない獣医療を実現するために必要になってくるのではないでしょうか。つまり、獣医師と飼い主のAを刺激する交流である、獣医師の自我状態Aからの交流や飼い主の自我状態Aへの交流を上手に用いることで、獣医師と飼い主のAを活性化することが予想され、飼い主とのコミュニケーションの質を改善することができる可能性があると考えられます。本項では、このことについて検討したいと思います。

 交流分析でAを活性化するということは、今ここで感じていることを適切に感じ取り、問題解決を行うための論理的・現実的な思考を行い、柔軟な姿勢で妥当と考えられる行動を行うことと定義されています。まず、獣医師のAからの交流とはどのようなものか考えてゆきます。

 飼い主のPに対して行われる獣医師A⇄飼い主Pの相補交流は、獣医師が飼い主の自尊心を傷つけないように提案したり意向を伝えたりする対話です。この交流は、威圧的な飼い主に獣医師の冷静な自我状態から治療方法を提案するときなどに用いられる交流です。飼い主のAに対して行われる獣医師A⇄飼い主Aの相補交流は、獣医師が飼い主に情報を伝えたり、質問したり、それに答えたり、挨拶をしたりする対話です。医療情報の客観的説明の時に用いられる交流です。飼い主のCに対して行われる獣医師A⇄飼い主Cの相補交流は、獣医師が飼い主の気持ちや状況を理解しそれを受容し思いやるときに行われる対話です。傾聴の交流パターンと呼ばれることもあります。「お辛いですね」「不安ですね」など相手を受容し共感しようとする交流であるため、気持ちを理解してもらった飼い主の不安を軽減する効果が見込めます。Aからの交流は獣医師が客観的事実から感情的になりすぎず飼い主の感情を受け止めたり、インフォームドコンセントすることができるため、診察室に冷静さをもたらす働きがあるでしょう。

 次に飼い主のAに向かう交流とはどのようなものでしょうか。獣医師のPから発せられる獣医師P⇄飼い主Aの相補交流は、獣医師が飼い主の冷静な発言を評価しそれに対して意見や許可を伝える対話です。獣医師のCから発せられる獣医師C⇄飼い主Aの相補交流は、獣医師が自分の率直な気持ちを飼い主の冷静な反応を期待して伝える対話です。

獣医師のAからの交流と飼い主のAへの交流

 ここで示した獣医師のAからの交流や飼い主のAに向かう交流などAを意識した交流は、飼い主からのクレーム対応など、飼い主との対話が壊れかけるときに、それを修復するために威力を発揮します。クレーム対応の時、獣医師‐飼い主間でC⇄Pの交流によって飼い主は怒りや苦情を獣医師にぶつけてきます。すぐに獣医師がAからの交流を用いると交差交流になり、クレームがさらにこじれることがありますが、対話分析のオプションで示したとおり獣医師C⇄飼い主Pの交流をしばらく続け飼い主の受容感が高まり、感情がおさまってきたところで、獣医師が飼い主Aに向けた交差交流を用いると、飼い主の自我状態をAに誘うことが出来、飼い主との交流をつなぎ直すことができます。獣医師A⇄飼い主A、獣医師P⇄飼い主A、獣医師C⇄飼い主Aなどの飼い主のAに向かう交流パターンを上手に用いることで、飼い主の自我状態をAに誘うことが出来ると考えられます。

 また、飼い主のAを刺激する交流を持つことは、依存的でない、冷静な判断力を飼い主が発揮することを促し、今ここにある問題を解決するための円滑な治療関係を形成するために役に立つと考えられます。そしてAを育む対話は、獣医師と飼い主にとってペット飼育を通じて人間的成長を実現する手助けになる可能性もあります。このように獣医師が飼い主のAを意識した交流を志向することは様々なメリットを生むと考えられます。しかし、唐突なAからの交差交流やAへ向かう交差交流は“機械的に冷たく対応する獣医師”の印象を与えかねず、注意が必要です。

 もし獣医師のAの働きがあまりにも弱く、飼い主の状況や気持ちの把握が正確に出来ていない場合や獣医師として科学的に妥当な診断や治療を説明することを実施できない場合などは、飼い主とのコミュニケーションが破たんし相手の混乱を生むこともあるでしょう。つまり飼い主のAに向けた交流が、対話のつなぎ直しや、ペットに関わる人の成長や不安の軽減に効果を発揮するには獣医師のAが充分に働いている交流が必要です。獣医師のAからの交流と飼い主のAに向かう交流について、あとでもう少し詳しく考えてゆこうと思います。

獣医師のAからの相補交流
飼い主のAへの相補交流

獣医師

獣医師のAからの相補交流

獣医師A飼い主P

獣医師が飼い主の自尊心を傷つけないように提案したり意向を伝えたりする対話。この交流は、威圧的な飼い主に獣医師の冷静な自我状態から治療方法を提案するときなどに用いられる。

獣医師A 飼い主A

獣医師が飼い主に情報を伝えたり、質問したり、それに答えたり、挨拶をしたりする対話。医療情報の客観的説明の時に用いられる交流

獣医師A飼い主C

獣医師が飼い主の気持ちや状況を理解しそれを受容し思いやるときに行われる対話。「お辛いですね」「不安ですね」など相手を受容し共感しようとする交流であるため、気持ちを理解してもらった飼い主の不安を軽減する効果が見込める

 

飼い主のAへの相補交流

獣医師 P飼い主A

獣医師が飼い主の冷静な発言を評価しそれに対して意見や許可を伝える対話。

獣医師 C 飼い主A

獣医師が自分の率直な気持ちを飼い主の冷静な反応を期待して伝える対話

 

 

獣医師のAからの交流、飼い主のAに向かう交流の特徴

  • Aからの対話は診察室に冷静さをもたらす。

  • 獣医師のAからの対話やAに向かう対話は、ペットに関わる人の成長や不安の軽減に繋げられる可能性がある。

  • 飼い主をAに誘う相補交流を用いることで飼い主の自我状態をAに導くことが出来る可能性がある。

  • 獣医師のAからの対話や飼い主のAに向かう対話は、飼い主からのクレーム対応など、飼い主との対話が壊れかけるときに、それを修復するために威力を発揮する。

 

飼い主

bottom of page