カウンセリングをはじめとする心理臨床を効果的に実施するために、治療者(面接者)とクライアントの親密で温かい感情の交流を心がけることが治療の第一歩となります。この信頼のある関係をラポールと言い、クライアントが治療者を信頼して受け入れることで成立します。このためには、治療者が受容と共感を持って聴くようなクライアントをありのまま理解するためのかかわりが必要になります。ラポールは、クライアントが変化し成長する環境を構築するという意味で心理臨床上重要な意味があります。このため、クライアントとのラポールの形成だけで心理療法のほとんどが完了していると考える臨床心理士もいます。心理臨床で重要視されるラポールの形成は、獣医療場面でも獣医師-飼い主間の円滑な治療関係を築く第一歩として重要だと考えられます。

 相補交流はラポール形成に肯定的な効果があることが期待されます。人の言葉を遮らない、共感的・受容的な交流である相補交流を行うと、獣医師と飼い主の間で言葉のキャッチボールが続き、このことによって円滑な交流や信頼関係を育み、ラポール形成を促すからです。また、相手の言外の要求を汲み取って行う、飼い主から発せられた鋭角裏面交流に獣医師が適切に応える交流パターンもラポールを形成する上で効果的であると考えられます。言語化されていない、もしくはできなかった裏面の要求を獣医師が汲み取ってくれたことで、飼い主が受容され安心した状況に置かれることが期待できるからです。

 パターナリズムと飼い主のAが抑制されやすい傾向から獣医師-飼い主の交流は獣医師CP⇄飼い主ACの交流となりやすいことを説明しました。また、獣医師のインフォームドコンセントは飼い主に情報を伝えるということで獣医師A⇄飼い主Aの交流になりやすいと考えられます。獣医師は、この交流の傾向を意識しながら相補交流や鋭角裏面交流を利用して飼い主と対話することで、ラポール形成に生かすことができると考えられます。

 相補交流や鋭角裏面交流以外の交流パターンである交差交流二重裏面交流は、交流に違和を生じやすいため、ラポール形成に否定的な効果が生じることがあります。交差交流は、相手を別の自我状態に誘う、つまり相手に変化を課する交流であること、そして、二重裏面交流は無意識にディスカウントを含むことが多く心理ゲームに発展しやすい交流であることが、ラポール形成に否定的な効果を及ぼす理由です。このように考えるとラポールが形成される前の初対面での交流などでは、交差交流や二重裏面交流を用いないようにすることが得策でしょう。

 肯定的ストロークも獣医療におけるラポール形成を促す効果があると考えられます。肯定的ストロークは人をいい気持ちにさせますので、肯定的ストロークを多用し否定的ストロークを極力用いないようにすることもラポール形成を促すことを期待できるでしょう。肯定的ストロークには、相手をほめる、承認するということを言葉で発するだけでなく、相手の意見をありのままに傾聴し受容するなどの“聴く”ということも含まれます。

 ラポールが形成されると、ふつう円滑な相補交流による会話が続くようになります。ある程度ラポールが形成されたと判断されたら、獣医師のA、飼い主のAを活性化するための交流を考えてゆきます。この交流で獣医師は、病態把握や治療プラン等の自分の持つ考えを飼い主に表現することができます。インフォームドコンセントなど獣医師が自身の持つ病態把握や治療プランなどの考えを説明する交流は、獣医師のAから飼い主のAに向けて行われる交流となります。診療場面で飼い主はCの自我状態をとりやすく、Aの自我状態が抑制されがちであるため、この獣医師のAから飼い主のAに向かう交流は、飼い主にとって交差交流となることがあります。このため、この交流は飼い主に自我状態の変化を課し、獣医師に受容されているという感覚を低下させることがあります。もし獣医師と飼い主の間に十分なラポールが形成されていれば、この状況は変わってきます。ラポールが形成されれば、自我状態の変化を課す交差交流を行っても飼い主はそれに応じて自身の自我状態を変化させることができると考えられるからです。よって、獣医師はインフォームドコンセントなど、獣医師のAからの交差交流や飼い主のAに向かう交差交流は、ある程度のラポールが形成されてから行いたいところです。先に説明した通り、交差交流を受け取った人は交差した人が招いている自我状態に変わりやすい性質があるため、獣医師が意図的に交差交流を用いることで、こちらの希望する自我状態からの対話に持ち込むことができる可能性があります。このことを利用してAが抑制されやすい飼い主との対話でタイミングよく獣医師がAからの交差交流を用いることで飼い主をAの自我状態に誘うことができるかもしれません。

 このように、相補交流でラポールを形成した後、獣医師のAからの交差交流、飼い主のAに向かう交差交流を用いることで、スムーズに飼い主の自我状態をAに誘うことが出来ると考えられます。

 獣医師のAからの交流は次のようなメリットがあります。獣医師はAからの発信を適切に使用すると、提案することや自分の意向をうまく伝えること(A→P)、情報を伝達し質問すること(A→A)、相手の気持ちを汲み取ること(A→C)ができます(獣医師のAからの交流、飼い主のAに向かう交流)。獣医療における獣医師のAからの交流は、獣医学的なエビデンスや実際のペットの病態把握に基づいたものとなることが多く、客観的事実に基づいた情報からの交流となることが多いと考えられます。このため不用意に人を陥れる内容のもの(ディスカウント)を含みにくく、飼い主にとって否定的なストロークも伝えやすいメリットもあります。たとえば治療契約やインフォームドコンセントの際、死亡可能性や生存率などの飼い主に伝えにくい情報を伝えざるを得ない時、獣医師のAから発信される交差交流に対しても飼主との関係を壊さずに、飼い主のAに対して発信することが行いやすくなると考えられます。また、飼い主の感情を共感し受容する獣医師A→飼い主Cの交流は、仮に交差交流となってもCの自我状態をとりやすい飼い主には受け取りやすい交流であり、飼い主に効果的に肯定的ストロークを与えることができます。

 飼い主のAに向かう交流は次のようなメリットがあります。獣医師が飼い主のAに対して発信する交流は、相手に自分の考えを提示したり意見を述べる(P→A)、情報を伝達し質問する(A→A)、冷静な判断や思いを受け止めた反応を期待し自分の想いを伝える(C→A)ことができます(獣医師のAからの交流、飼い主のAに向かう交流)。どの交流も、受け取った飼主は自分で感じていることを感じ、それを評価し、発言する必要に迫られます。つまり、Cの自我状態をとりやすい飼い主のAを刺激し飼い主をAの自我状態に誘うことができます。このことは飼い主が自分の希望に応じた治療を受けること、その治療の選択に責任を持つことを促すため、治療の満足度を上げることに繋げられるでしょう。つまり、飼い主のAに向かう交流は飼い主やペット本位の治療を行うことを促すことに繋がってきます。

 このように獣医師がAを意識した交流を行うことは、飼い主のAが抑制されやすい獣医療診療場面において、飼い主のAを刺激し働きを促す効果が期待できます。飼い主のAが活性化されれば、飼い主が治療構造を理解することを助け、明朗な治療契約の締結に繋がる可能性を示唆します。このことに伴い、治療関係の齟齬の回避、たとえば服薬コンプライアンス不良(服薬の指示を守らない)やそれに伴う治療の成否、診療トラブルなどの回避に繋げられる可能性があります。

獣医師と飼い主のAの活性化の実際①

〜相補交流と肯定的ストロークで飼い主とラポールを形成する。ラポールの形成後、獣医師がAを意識したオプションを用いて明朗な治療契約の締結を目指す。