獣医療をひも解く心理学 〜Psychology for Veterinary care〜
小動物獣医師をめざし、獣医大学に入学し、晴れて小動物臨床の道を踏み出した新卒の獣医師が1年足らずで退職してしまう話をよく耳にします。どうしてこのようなことが起こるのか、交流分析を交えて考えてみたいと思います。
退職の理由と考えられることとして、職場の環境と新卒獣医師自身の問題が考えられると思います。日本の小動物獣医療の職場は、多くても獣医師が10名程度在籍するような、人数が少ない職場です。このような環境から、新人獣医師の教育環境が整備されていない(する余裕もない)職場が大半であることが考えられます。もっと小さい動物病院であれば、新人教育のため人を割けるような恵まれた環境は皆無に近いと考えざるを得ません。大半は院長がワンマンで経営しているような動物病院であると考えられます。獣医療は激務であり、時間的にも精神的にも獣医師に余裕はなく、診療の片手間に教育の時間を充分にとることは難しいことも考えられます。また、このような忙しい職場のストレスによって、Aの働きが弱められ、職場内で心理ゲームが蔓延し悲劇的な人間関係が形成されていることも考えられます。
また、前述したとおり、小動物獣医師を志す人は、Cから生じているペットに対する思いが関係した幼児決断によってその職業選択を行っていることが考えられます。この思いから職業選択することは悪いことではなく、むしろ仕事に対する強い動機付けの源になります。しかし、獣医療の業務をAが働いていないNPやFCやACから生じた現実的ではないイメージ・幻想によって認識している新卒獣医師がいることも考えられます。実際の業務では、科学的思考から正確な診断や治療方法を選択すること、手先の細かい作業が必要であり鍛錬を要すること、ペットだけでなく人の気持ちの理解に基づくコミュニケーションスキルが要求されることなど、獣医師は日常生活よりもAを活性化させる必要があります。このため、自己認識と現実のミスマッチによる“リアリティギャップ”が生じているのではないかということは前述しました。このリアリティギャップに対応できる人格や動機づけを持ち、環境が整備された職場であった場合、新卒の獣医師は苦労を乗り越えながら小動物獣医師という仕事に適応してゆくのではないかと考えられます。
よって不幸にも早期に退職してしまう新卒獣医師の問題を解決するには、職場環境の整備とリアリティギャップへの対応がカギになると考えられます。小動物獣医療の職場は過酷であり、業務現場の教育を整備することは大変です。そのような中、最低限職場で心がけた方がよいと考えられることは、肯定的ストロークを多用すること、ディスカウントがあるストロークを使用しない ようにして心理ゲームを行わないようにすることであると思います。現場のこのような努力で、新卒獣医師が職場で被る悪影響を最小限にすることが出来るように思います。
新人教育システムを構築することも必要であると考えられます。このことは小動物獣医業界全体で考えてゆかなければならない問題であると思います。研修所や研修病院などの教育の場を提供することに加えて、どのようにすれば臨床で用いられる診断・治療やコミュニケーションの技術を体得できるのかを十分検討し、考慮された新卒獣医師の教育法の開発も望まれるのではないかと考えられます。また、獣医系大学は、大学病院だけでなく地域の私設の動物病院と連携して、学生時代から臨床の場に触れられるようなカリキュラムを学生が受けられるようなシステムを構築することが必要であると考えられます。大学病院と私設の動物病院では、前者が先端医療を実施すること、後者が社会的な獣医療ニーズに応えることが目的とされ、現場の獣医師が望まれる技量の質に微妙な差があります。大学病院では科学的思考や分析力、創造性が要求されるでしょうし、私設の動物病院ではコミュニケーション能力が求められるでしょう。人間医療の世界では、医師におけるインターン制度、看護師における実習制度が確立されているため、現場で求められること、医療の現実で生じる葛藤など、実践の場で必要になる能力が何なのかを学生の間に体得できる教育システムが構築されています。学生は、このような経験の中で成長し、厳しい臨床の現場で対応できるスキルを獲得してゆきます。獣医大学の卒業生の半分近くが小動物臨床に進む現在の日本の状況において、このような教育システムやその構築のための研究が急務であると考えられます。