獣医療をひも解く心理学 〜Psychology for Veterinary care〜
動物病院の職場の人間関係で生じる問題を、交流分析を用いて考えていこうと思います。
1つの事例をあげながら考えていきたいと思います。動物病院では、院長がスタッフに対して熱血指導を行うあまり、スタッフを罵倒して怒ったり、「お前はだめだ」と言い続け、スタッフを退職に追い込んだり、院長自体が孤立したりすることがあります。また、新人で入社してきた病院スタッフが、仕事が出来ない事を理由にターゲットとなって、職場いじめによって退職に追い込まれるような事例も耳にします。
こういった職場の人間関係の問題はどこの職場でも多かれ少なかれ生じており、ブラック企業、パワーハラスメントという言葉も生まれ社会的問題にまで発展しています。このような職場の人間関係の問題が動物病院内で生じれば、病院内の人間関係を悪化させ、病院の雰囲気や評判、チーム医療としての技術力低下を招くことも考えられます。労働基準法や労働安全衛生法などの法律にも抵触することが考えられるため、問題の原因を明らかにし、根本的な問題解決への対応を行うことが求められてくるでしょう。
こういった職場の人間関係は、交流分析的にはこの職場では心理ゲームが繰り広げられていると説明されます。例で挙げた院長は、「あなたのせいでこうなった」の心理ゲームを仕掛けています。
心理ゲームですのでAが働いていないこと、ディスカウントがあること、ストローク飢餓であることなどが関連して問題が生じています。この院長の自我状態・エゴグラムは、Aの働きが抑制されており、CPが優位に働き、NPやFCやACの働きも弱められています。そして、「私はOK、他人はnot OK」の人生態度を持っており、これは「私はnot OK、他人はOK」の裏返しであることは指摘しました。
加えてスタッフの能力をディスカウントしているということにおいても心理ゲームの定義にあてはまってきます。また、院長は多忙や過度の責任を負うことが関連し、ストローク飢餓になっていてもおかしくないと考えられます。
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院長のAが働いていないこと、ディスカウントがあること、ストローク飢餓にあることに注目して心理ゲームをやめるようにすることを考えてゆきます。
この「あなたのせいでこうなった」の心理ゲームが責任を回避するために行われていることを前述しました。院長は多忙と責任過多のため、動物病院の院長が行う業務は量・質とも人の行える限界を超えている可能性があることを考える必要があります。動物病院は、病気の治療という先の読めない不確定性の強い商品を売ることを生業にしています。院長は、治療を成功に収めるため、最新の獣医療技術を身につけるため、生涯技術研さんの学習することが要請されます。命を扱うプレッシャーを感じながら、多くの時間を業務に費やす必要があり、休みを取ることもままなりません。質の良い獣医療を提供するには優秀なスタッフを教育する必要があり、そのスタッフを雇用するための経営的センスも要求されます。そして、このような激務を多くは一人で孤独にこなす必要があります。このようなストレスフルな業務の中でいつも冷静にAを働かせてスタッフとコミュニケーションをとることは難しいと考えられます。Aの働きを回復させるには、仕事の負担を減らす必要があります。休暇を定期的にそして十分にとる、人に任せられるところは任せてゆくといった業務内容の見直しを行う必要があります。
また、「あなたのせいでこうなった」の心理ゲームは、院長P-病院スタッフCの裏面交流に本質のあるA-Aの相補交流が、転換を迎えると院長P-病院スタッフCの相補交流になる交流様式を持ちます。つまり、「あなたのせいでこうなった」の心理ゲームにおいて、院長と病院スタッフとのコミュニケーションはPからCへ向かうものになりやすいことが分かります。ペットの飼い主ともP-Cで交流しやすい院長にとって、動物病院の業務において院長の自我状態はPに固着しやすくなっています。自律的な人は、TPOに合わせて自分の自我状態を臨機応変に変化させ状況に対処することができますが、このようなストレスフルな業務環境にある院長においてこのことが難しくなっていると考えられます。このような自我状態の固着を解消するためには、業務以外の人間関係(趣味や遊び)で他の自我状態(CやA)からの対話ができる関係を外部に持つことも、業務におけるコミュニケーションの交流様式を変化させることに役立ちます。つまり、時間の構造化を見直す必要があることが考えられます。病院以外の人間関係を持つことは、気分の転換や新しい情報を得るためにも有効であり、自分自身の知らない部分に気づき、ストローク飢餓を解消することにも繋がってくると考えられます。
このような活動の中で自分に余裕が出てきたら、自身のAを働かせて自分の交流様式を見直します。まず、自身の行っているディスカウントを見直します。病院スタッフに対して否定的ストロークを多用している場合、これを改める必要があります。特に「ばか」「このやろう」「だからお前はダメなんだ」といった無条件の否定的ストロークを用いていた場合、これは絶対に使わないようにします。過去と他人は変えることが出来ません。よって言葉によってあなたが思うように人を変化させることは期待できません。このことをよく理解すると、無条件の否定的ストロークを用いても何もいいことが起こらないことを理解できると思います。そして、相手が業務のために行ってくれたことに「ありがとう」「うれしかった」「助かった」などの肯定的ストロークを意識して使うようにします。このような行動を行うと、「他人はnot OK」としていた認識の変化が生まれます。おそらく、この行動の変化だけで心理ゲームはおさまってきます。
頭に血が上って、他の人に無条件の否定的ストロークを発してしまいそうなとき、頭を冷やすためにその場から離れ時間をとりましょう。また、仮に無条件の否定的ストロークを発してしまった場合、その理由や謝罪をスタッフに対して率直に行うこと(ACからの対話)が必要と考えられます。このようにしてAを働かせ、病院スタッフと対応することで心理ゲームを避け、動物病院の職場の人間関係を改善することができると考えられます。
スタッフを罵倒するブラックな院長獣医師