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心理ゲームのやめ方 〜獣医師ができること

 いくつかの心理ゲームについて具体例をあげながら説明しました。その中で心理ゲームを防止する方法についても少しずつふれました。

 心理ゲームについて、少し勉強すると、日常生活の中で自分も他人も様々な心理ゲームを行って時間の構造化していることに気づきます。そのとき、相手に向かって「君の言っていることは、○○の心理ゲームだよね?」と相手の言動を分析したくなることがあります。しかし、この指摘は、相手の敵意や屈辱感を刺激するだけで、相手の行動の変容に繋がらないばかりか、関係をこじらせ態度を硬化させてしまう結果となり有害なことがあります。心理ゲームという概念は、交流分析の自我状態や対話分析について学んだ人でないと理解できないし、心理ゲームの現象を指摘しても精神分析学で説明される防衛機制(自我が障害されることを避けようとする無意識の抵抗反応)が働き、指摘された人は自分の殻に閉じこもり変容を避けるため、心理ゲームをやめることに繋がりません。交流分析の前提である「他人は変えられず、変えられるのは自分だけ」とする考え方は心理ゲームをやめる際にも大前提として考える必要があります。心理ゲームをやめようとするとき、相手を変えようとする方略はうまくいきません。心理ゲームをやめるためには、まず自分が心理ゲームを仕掛けない交流のあり方を身に着けること、そして、自分が乗る人になりそうなときゲームに乗らないような対策をすることが必要となります。

 ゲームをどのように打ち切ればよいでしょうか。基本的姿勢としては、Aの自我状態から相手と交流するようにすると心理ゲームに巻き込まれにくくなります。自我状態がAにある人は、顔を相手に真っすぐ向けて相手の話を聴く姿勢で対話します。この姿勢で対処するときAの自我状態から交流しやすいと言えます。自分の発言、相手の発言が、冷静かつ客観的に見て正当なものであるか見極めながら、その環境や状況に妥当な言動により対処することに努めます。相手の気持ちに寄り添い、相手の発言の裏にある真の目的を感じながら、自分の中に生じているラケット感情にも心を開いて自分の本物の感情(怒り・悲しみ・怯え・喜び)に気づくように努めます。ときに「○○とお話しされるのは、どのような感情からでしょうか」「○○とするためにどのようにされるのがいいとおもいますか」と仕掛人の自我状態Aに向かって問いかけたり、「○○と言われて正直私の中には“怒り・悲しみ・怯え・喜び”の感情が湧いていますが、そのことについてどのようにお考えになりますか?」と自身の自我状態Aがとらえた自分の本物の感情を率直に仕掛人に自己開示することもゲームへの誘いに乗らないことを主張するために有効であるかもしれません。

 心理ゲームは裏面交流に本質のある相補交流であるため、裏面交流の誘いに乗らず、わざと交差交流を挟むことで対話を途絶えさせ、心理ゲームを拒むこともできます。たとえば、前出の「はい、でも」の心理ゲームの場合、「はい、でも・・」と刺激された場合、基本的にはAからAへの反応で対応しますが、「はいでも、と何度も言われても・・。私はどうしたらいいのか困ってしまいました(笑い)。」など、すこし頓智をきかせたようなCからCに交差交流で反応をすることもできるかもしれません。

 また、心理ゲームが行われる理由の一つにストローク飢餓があります。ストローク飢餓の状態を脱するために、否定的なストロークでもよいからストロークを得ようとすることが、心理ゲームを行う隠れた動機になっています。このため、心理ゲームの仕掛人は、様々な方法で心理ゲームを遮られたとしても、別の心理ゲームを仕掛けてストロークを得ようとするかもしれません。このように考えると、心理ゲームをやめるには、心理ゲームで得られるストロークにとって代わる別のストロークを仕掛人に獲得させることが一つの方法であることが分かります。心理ゲームから得られるストロークは鮮やかで強烈なものなので、取ってかわる別のストロークを用意することは、なかなか難しいものです。しかし、日常的に肯定的ストロークを増やして交流することを心掛ければ、ストローク飢餓を解消できる可能性が出てきます。ディスカウントのない肯定的ストロークをより多く、長期間にわたって得る方法を提供することで、ストローク飢餓を埋められれば、心理ゲームを回避できることが考えられます。このような考えから、動物病院の職場、病院スタッフ間でディスカウントのない肯定的ストロークで交流するよう心掛けることは、病院内で心理ゲームが起こらない環境を作るために大切です。交流分析の心理カウンセリングが、グループ(集団)カウンセリングとして行われることが多いのは、多くの人からディスカウントのない肯定的ストロークを安全に受け取れる場所を提供することによってストローク飢餓を解消して、心理ゲームが起こりにくい環境を用意しようということが一つの狙いになっています。この考え方は動物病院でも応用できるでしょう。

 心理ゲームは、本質的にディスカウントとそれに伴うラケット感情が関連していますので、自分の行っているディスカウントとラケット感情に気づいて、どうしてそのような感情をもつのか知ることも心理ゲームへの対処に繋がってきます。心理ゲームは第一の立場以外の人生態度を強化するために行われるため、「どうせ自分なんか」や「だから君はダメなんだ」というニュアンスを含む裏面交流に本質がある相補交流が心理ゲームで繰り返し行われています。これは仕掛人が自分・他人・状況のディスカウントをしている言動以外の何物でもありません。よって、このディスカウントに気づき、ディスカウントを拒むことは心理ゲームを避ける一歩に繋がります。時に心理ゲームの仕掛人は、ディスカウントに基づくストローク(「君はダメだな」とか「君は冷たい人間だな」など嫌な気持ちになる言動)をあえて投げかけて、心理ゲームに誘います。乗る人の感情を逆なでして、心理ゲームに引きずり込もうとします。このような時、自分に落ち度がなく相手の指摘が冷静に見て的外れであるならば、この否定的ストロークに過剰に感情的に反応せず、「君はそのように思うのですね」「では、どうすればいいんでしょうか」「どのへんがだめなのかな」とAから反応して事実を確認することに努める返答を行うことが心理ゲームを避ける一つの手です。

 ラケット感情は程度の差はありますがディスカウントを含むので、ラケット感情に気づくことも心理ゲームを避ける一歩になります。ラケット感情は主に養育者(親)との歪んだかかわりによって、本来の感情でない感情として身に着けます。たとえば、 「後悔」というラケット感情は、悲しいとか怒りという感情を養育者に受け入れてもらえず、「後悔」行為をしたところ養育者からストローク(肯定的または否定的)をもらうことができ、それが繰り返し行われる養育環境だったため身に着けた感情と考えることができることを説明しました。そしてこの過程をよく考えてみると、「後悔」というラケット感情を身に着ける過程自体が心理ゲームであることに気づきます。仕掛人である養育者に、本物の感情である悲しみや怒りを表現した乗る人である子どもが、その感情を受け入れてもらえず、転換を迎えて後悔という感情を見せたところ、養育者から承認されたため獲得するに至った感情が、「後悔」というラケット感情だからです。つまり、ラケット感情の多くは心理ゲームの中で身に着けているのです。ということは慣れ親しんだラケット感情を感じているときには、心理ゲームが行われている可能性が高いということが言えます。

 治療者‐患者関係では、後悔、必要以上の心配・不安、罪悪感、混乱・困惑、攻撃、イライラ、批判・非難、落胆、不全感など様々なラケット感情を治療者も患者も感じます(表 ラケット感情と人生態度 )。治療者である獣医師は、まずこの感情がラケット感情であることに気づくこと、結末感情を味わさせられても気持ちを切り替えてラケット感情に浸らないようにすることが大切です。これだけでも動物病院で生じる不毛な業務上のストレスを減らすことができます。そして、心理ゲームを避けることを考えるのであれば、治療者‐患者間でのラケット感情の取扱いには、ラケット感情自体にストロークを与えるのではなく、当事者の本物の感情に焦点を当ててAを働かせた交流をすることが必要となってきます。本物の感情に共感的・受容的な言葉の投げかけをすることが、その人がディスカウントに基づく行動を行うことをやめさせることに繋げられるからです。具体的には、治療者は、自分や患者が示すラケット感情に気づくことで、患者が本当は何を望んでいるのか、どうしてほしいのかという、ラケット感情に隠されている本当の訴え、本物の感情を明らかにして、治療者として出来ることは何かと出来ない事は何かについて把握し、そのことをしっかり説明し、患者と明確な治療契約を結ぶことが心理ゲームに巻き込まれないために大切であると考えられます。

 たとえば、「後悔」というラケット感情を示す飼い主は、本当は起こってしまった出来事に対して悲しみや怒りを抱いているのかもしれません。その飼い主の本当の感情が訴えることを治療者は把握する必要があります。そして獣医師が悲しみや怒りの感情に共感し寄り添うことは、飼い主が問題を解決してゆく原動力となることできる可能性があることを理解します。しかし、「後悔」に共感し過ぎ、寄り添い過ぎることはラケット感情にストロークを与えることに繋がり、飼い主が「後悔」というラケット感情に浸り込んでしまうことを助長することになるかもしれません。これは、飼い主が抱える問題の解決から遠のく結果に繋がります。ここで重要なのは、「後悔」という感情を飼い主が持つことは悪いことではないということです。「後悔という感情を持ってもいいんですよ」という“あなたはOKである”という人生態度に基づいた姿勢やメッセージを獣医師が持っている必要があります。獣医師が自分もあなたもOKの姿勢で飼い主の「後悔」というラケット感情に対処するように努めれば、飼い主のラケット行動や心理ゲームを助長することにはつながらないでしょう。そして、「後悔してしまう」のはどうしてなのか、「後悔」というラケット感情が飼い主に生むストロークはどのようなものなのかを飼い主とのコミュニケーションの中からをそれとなく把握して、獣医師である私はそのことについて何ができて(「後悔」を引き起こしたペットの病態を獣医学的に説明し治療することは最低でもできるかもしれません。これが、飼い主の気持ちの整理に繋がることがあります。)、何ができないのか明確にして対応することが大切であると考えられます。

心理ゲームのやめ方、そのポイント

 

  • 「他人は変えられず、変えられるのは自分だけ。」心理ゲームをやめるには相手を変えようとしては×。まず自分が心理ゲームを仕掛けないこと。そして、ゲームに乗らないような対策をすること。

  • Aの自我状態から相手と対話すること。自分の発言、相手の発言が、冷静かつ客観的に見て正当なものであるか見極めながら、その環境や状況に妥当な言動を用いて対処すること。相手の気持ちに寄り添い、相手の発言の裏にある真の目的を感じながら、自分の中に生じているラケット感情にも心を開いて自分の本物の感情(怒り・悲しみ・怯え・喜び)に気づいてA⇄Aの交流で対話する。

  • 心理ゲームは裏面交流に本質のある相補交流であるため、裏面交流の誘いに乗らず、わざと交差交流を挟むことで対話を途絶えさせる。

  • ストローク飢餓は、心理ゲームが行われる理由の一つ。ディスカウントのない肯定的ストロークをより多く、長期間にわたって提供することで、ストローク飢餓を埋める。

  • 自分や他者の行っているディスカウントとラケット感情に気づく。そしてそのディスカウントやラケット感情にストロークを与えないようにする。ラケット感情に浸らないようにする。

心理ゲームのやめ方そのポイント
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