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 E・バーンは、「人生脚本とは、人生早期に親の影響で発達し、現在も進行中のプログラムをいい、個人の人生の最も重要な場面でどう行動するかを指図するものである」といっています。

 ギャンブルで多大な借金をして身を持ち崩してしまう人、子どもに自分がされたように虐待をしてしまう親、更生しようとしても何度も犯罪をおかしてしまう人など、ダメだとわかっていても同じような行動を何度も繰り返してしまうような人がいます。E・バーンは、このような人の行動が、配役、せりふ、演技、背景、物語の盛り上がり、結末まで備わっており、まるで映画やドラマのように劇的に進行してゆく様をみて「人生脚本」と名付けました。交流分析では、全ての人がその人に特有な人生脚本を所有していると考えてゆきます。そしてその人生脚本は、人の人生の中で強烈な影響力を発揮し、職業選択や結婚、育児、死に方などの個人の生涯の重要な局面で、その人の行動選択を左右していきます。

 人生脚本は乳児期から幼少期を通じて、主にその人にとっての重要な養育者(親)とのかかわりの中で形成されてゆくと考えられています。すなわち、前述した幼児決断や子どもが家族の中で演じてきた役割は、この人生脚本の形成に影響してゆきます。「子どもは親の言う通りにはしない。親が行うようにする」と言われますが、人生脚本の形成も同じです。養育者の子供の接し方、愛情の表し方、言葉の掛け方や養育者の持つ人生態度、家庭内で繰り広げられる心理ゲームなどの影響を受けながら子どもの人生脚本は形成されてゆきます。そして、どの家庭も家族間の交流関係にどこかゆがんだところがあり、このような影響を受け人生脚本が形成され、その人の性格特性が形作られてゆきます。同じ家庭でも兄弟や姉妹、性別や年齢、初めから備わった身体的・精神的気質(病弱、癇癪持ちなど)も影響して人生脚本は形成されるため、家族の構成員それぞれが違う人生脚本を有することがほとんどです。

 人に有害な悪影響を起こす歪んだ人生脚本は、交流分析の目指す“人間の自律性の獲得”(その人の意志で自分の人生を創造し決定してゆく)を実現することを妨げます。人生の選択に知らず知らずに影響して、不遇の結末へと導いてしまったりするものです。人はだれでもどこか歪んだ家庭環境で生育してきますので、誰もがある程度歪みのある人生脚本を有しています。自分のもつ歪んだ人生脚本に気づき、その意味を理解してその束縛から自身を開放し、自分にとって意味のある新しい人生脚本を創造してゆくことが交流分析の目標です。「交流分析の究極の目標は、脚本の分析である。なぜなら、脚本が個人の運命と同一性(identity)を決定するからである」とE・バーンは述べています。

 人生脚本は重要な養育者(親)からのメッセージの影響を大きく受けて形成されます。その中には子どもにとって建設的なメッセージ、人格破壊的なメッセージ、非生産的なメッセージを含んでいます。このメッセージの中の一部または多大な部分を子どもは養育者(親)から受け取ります。これは、子どもにとって自分の行動や考え方を制限してゆく規範になります。この中で自身の行動を制御するものとして「拮抗禁止令」「プログラム」「禁止令」という概念を仮定しています。「拮抗禁止令」「プログラム」「禁止令」が、もともと子供に備わっている正常な機能や建設的な可能性とどの程度相容れないか、また、子どもの生存しようとする意志をどの程度否定するのかということが、その子どもが将来病的な症状や歪んだ人生脚本を持つようになるかに関わってくると考えられています(脚本の図式)。

人生脚本とは

脚本の図式(クロードスタイナーの脚本母型)

拮抗禁止令

養育者のPから子どものPに対して言葉によって発せられるメッセージで人生脚本の形成に関与する。否定的な脚本はドライバーに代表される。

プログラム

養育者のAから子どものAに対してモデルとして発せられるメッセージで人生脚本の形成に関与する。子どもは「ごっこ遊び」などを通じて人生を送るための行動の具体的適応手段を身に着ける。

禁止令・許可

養育者のCから子どものCに対して非言葉によって発せられるメッセージで人生脚本の形成に関与する。グールディング夫妻の12の禁止令に代表される。

脚本の図式

 クロード・スタイナー(1966)は、幼少期に形成される人生脚本の成り立ちに深く関わる幼児決断が作られる仕組みを脚本の母型という概念から説明しました。この概念の中に「拮抗禁止令」「プログラム」「禁止令・許可」という言葉が登場します。

 「拮抗禁止令(カウンター・インジャンクション:Counter Injunctions)」は養育者(母や父)のPから言葉によって発しられ、子どものPに蓄えられるメッセージです。拮抗禁止令は、「良い子は泣かない」「残さず食べなさい」などといった常識的で教訓的なメッセージで子どもの健全な成長を願う親のしつけとして行われるものです。価値観の一つと考えられ、対抗脚本とも呼ばれることがあります。拮抗禁止令の多くは、肯定的な脚本形成に働きます。しかし、この中には否定的に養育者のPから駆り立てられてしまうドライバー(Drivers)という否定的な脚本形成に関係してくるものがあります(ドライバーの概要)。ドライバーには「完全であれ(Be perfect)」、「他人を喜ばせろ(Please me)」、「一生懸命にやれ(Try hard)」、「強くあれ(Be strong)」、「急げ(Hurry up)」の5つが概念化されています。ドライバーによって人は大人になってからも人生脚本を支配されており、多かれ少なかれドライバーに駆り立てられて生きています。ドライバーは養育者からうける「禁止令・許可」を何とか乗り越えたいとするその人の欲求が関係していることがあるので対抗脚本と言われます。

どうやって人生脚本は作られる?

 〜脚本の母型、ドライバー、グールディング夫妻の禁止令12のリスト

 「プログラム」は養育者(母や父)のAからその人の振る舞いや言動をモデルとして発しられ、子どものAに蓄えられるメッセージです。たとえば朝の身支度や状況による振る舞いなど人生を送るための具体的手段を親から教えられたり真似したりごっこ遊びをしたりして子どもは身に着けてゆきます。養育者がしばしば行う行動パターンや言動などもモデルとして取り入れます。この「プログラム」は、「拮抗禁止令」「禁止令・許可」との相互関係により脚本を形成すると考えられています。

 「禁止令・許可(インジャンクション:Injunctions)」は養育者(母や父)のCから非言語的に発しられ、子どものCに蓄えられるメッセージです。「禁止令・許可」は偏った養育者の欲求不満、自己愛、ひそかな願望、病的な攻撃性など子どもに直接言語化されていないことが、親の顔色・仕草などから子どもに伝えられ、それを子どもが身につけてしまいます。たとえば、過保護な養育者で「だめね、私がやってあげるわ」と子どもの周りのことを養育者がやりすぎてしまうと、子どもは〈何々するな〉や〈成功するな〉といった禁止令を養育者から非言語的に受け取り、「何もしない方がいい」「どうせ親がやってくれるので適当にすればいい」といった幼児決断をしてしまうことがあります。前述した幼児決断の多くは「禁止令・許可」によってその土台を形成され、「拮抗禁止令」や「プログラム」の影響を受けて構成されます。グールディング夫妻(1979)は、禁止令を〈存在するな(Don’t exit)〉、〈男(女)であるな(Don’t be the sex you are)〉、〈子どもであるな(Don’t be child)〉、〈成長するな(Don’t grow)〉、〈成功するな(Don’t succeed)〉、〈何々するな(Don’t do that)〉、〈重要であるな(Don’t be important)〉、〈所属するな(Don’t belong)〉、〈愛するな・信用するな(近づくな)(Don’t love. Don’t trust)〉、〈健康であるな(Don’t be well)〉、〈考えるな(Don’t think)〉、〈感じるな(Don’t feel)〉の禁止令の12のリストで説明しています。

 

 このように人生脚本は、「拮抗禁止令」「プログラム」「禁止令・許可」の3つが関連して形成されてくると考えられています。

 それでは、この3つがどのように働いて人生脚本が形成されてくるのでしょうか。ここで「ゆとり世代」の性格傾向がどのように作られてきたのかについての考察を例に挙げ、人生脚本が形成されるプロセスと「拮抗禁止令」「プログラム」「禁止令・許可」の関係について考えてみようと思います。

 ウィキペディアによると「ゆとり世代」とは、2002年度学習指導要領による教育を受けた世代、またはそのうちの一定の共通した特性を持つ世代と定義されています。小中学校の教育時間の縮小などが関与してか、PISA(OECD生徒の学習到達度調査)の結果において成績の順位が下がり学力低下が指摘された世代です。バブル経済崩壊以降に生まれ日本の経済絶頂期を知らず、2010年から2013年の就職氷河期によって低い就職率に見舞われた世代であるため、戦後の他の世代と比較すると堅実で安定した生活を求める傾向があり、流行に左右されず、無駄がなく自分に心地の良いもの、プライドよりも実質性のあるものを選ぶという消費スタイルを持っているとされています。また、結果を悟り高望みをしないため「さとり世代」と呼ばれることもあります。他に、失敗を恐れる、打たれ弱い、現実的で夢を見ない、ルールは順守する、友人とは当たり障りのない会話が多い、自分自身を表現することを苦手と意識する人が多い、女性は専業主婦を希望する人が多い、携帯電話などの通信端末の所持が不可欠、違う世代とのコミュニケーションが苦手、もともと答えが一つしかないものを調べるのは得意だが答えがないものを自分で考えるのが苦手、仕事において言われたことしかできない、将来への不安が強い、などの特徴があるとされています。

 ゆとりの世代の親は、バブル経済期を経験し、その崩壊とともに痛い思いを実体験したことがある世代であると考えられます。また、学校ではゆとり教育のため、競争やつめこみなどを排除し、無理をして何かをやり遂げることの経験が乏しかった傾向も考えられます。核家族化が進み、周りに家族以外の信頼できる大人も少なかったことも考えられ、親以外の大人と交流するという経験も不足していることが考えられる世代です。このようなゆとり世代と呼ばれる社会的風潮が形成された経緯を人生脚本の概念から考えてみます。

 親世代の失敗から、ゆとり世代は、あくせく頑張ってもしょうがないというような社会風潮を持っていると考えられ、このことから「あなたらしくいなさい」「飛び抜けず、みんなと一緒がいいのよ」といった言語的な「拮抗禁止令」が幼児期から優位に与えられていたことが考えられます。「ナンバーワンにならなくてもいい。もともと特別なオンリーワン」というフレーズのSMAPの歌「世界に一つだけの花」が流行ったのも2003年です。そのような風潮があった時代に幼少期を過ごしていることや親はバブル崩壊という失敗を経験し、共働きで多忙であった等の状況から、ゆとり世代の子どもは、〈成功するな〉〈何々するな〉〈愛するな・信用するな〉〈考えるな〉といった非言語的な「禁止令・許可」を受けやすかったと考えられます。長引く不況や努力が報われない日本の雇用環境、携帯電話の普及による生の人間とのコミュニケーション機会の減少とそれに伴う縦世代とのコミュニケーション機会の減少は、「将来は明るくない。知らない人との生のコミュニケーションは恐ろしい。」というメッセージを社会から与えられ、自身のAに発せられたモデルとして「プログラム」されたことも想像されます。

 このようにゆとり世代が、堅実的で現実的でまるで悟ったように行動する傾向を有する半面、極度に失敗を恐れる、知らない世代への恐怖心、向上心を持ちにくい、虚無感の蔓延などの特徴を持つに至った経緯は、親や社会から受けた「拮抗禁止令」「プログラム」「禁止令・許可」が関連しているのではないかと考えられるわけです。もちろんこの議論はおおざっぱで、個人レベルで評価すると説明が難しい部分もあると考えられます。どの世代においても個人の人生脚本はその人の養育者から大きな影響をうけて形成されるため、育てられる養育者によって様々なバラエティがあることは考慮されなければいけません。ただ、世代というひとくくりで考えても説明できるくらい、人は養育者や社会からの影響を多大に受け、幼児決断しながら人生脚本を形成し、その人生脚本を生きてゆく傾向があるということをこの例からも理解していただけるのではないかと思います。

ドライバーの概要

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グールディング夫妻の禁止令12のリスト

グールディングの12の禁止令
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