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ペットが与えてくれるストローク 〜ペット飼育の幸福の源

 交流分析の理論と概念を用いて飼い主の心理について理解を深めようと思います。ここでまず、素朴な疑問である「飼い主はなぜペットを飼うのか」ということを検討することから始めてみようと思います。

 ペット飼育の動機に対して今まで様々な研究が行われてきました。子どもの代わりとしてペットを飼う人、人生の伴侶・パートナーとして飼う人、番犬など人の役に立つ存在として飼う人、大型犬など自分の力を誇示するために飼う人など様々な飼育動機があることが言われています。ペットを飼う理由についての多くの研究結果の中で、飼い主がペットを飼う理由の一つが、飼い主がペットに対して愛着感情を抱くことであることを指摘しています。そして、人がペットに愛着を抱く理由としてペットが人と似た心の働きを持っているとみなされるからと指摘しています。

 ペットの中でも犬や猫は人と同じ様な感覚(恐れ、痛み、不安、喜び、怒りなど)を持つという科学的根拠があることがいわれています(Fox,1974a;1974b;1981)。ペットである犬猫は、人と同じ様な感情を有しており、なおかつ人に対して曇りひとつない態度で愛着の情を示してくれます。このような存在のペットに対して人が愛着を抱くのは自然なことと言えます。犬は社会性を持つ習性から、飼い主やその家族に対して好意・親愛の情を示し、忠誠を尽くし、家族の構成員以外への警戒心を見せます。その習性は一途で裏がなく粘り強く献身的です。猫は単独生活を好む習性も見せますが、人に良くなつきます。猫の見せる愛着は、気まぐれであることもありますが、知らないうちに人に身を寄せ、人の心を見透かしているような愛着行動をとることもあります。時に女性的であり、神秘的でとらえどころのない愛着行動を見せます。

 近年の脳科学の研究では、飼い主がペットと触れ合う時、幸せホルモンとも言われるオキシトシンが分泌されることが分かってきました(Beetz Aら,2012)。オキシトシンには、人の闘争心や恐怖心を軽減し、信頼感を増す働きがあり、母子の愛着形成を促す効果があることもわかっています。ペットを抱擁し触れ合う時、オキシトシンが分泌されることも飼い主がペットに愛着感情を抱く理由の一つと考えられます。

 投影という精神分析学的に説明される心理的反応がペットを対象として生じることも人がペットへ愛着感情を持つ一つの理由と考えられます。投影とは、自分の中にある考えや感じ方が他者にもあるとみなす心の働きのことを言います。人がペットに対して投影する時、ペットの中にも人と同じような感情や思考があるとみなします。人と同様な感情を持つと投影されるペットに人が愛着感情を抱くのは自然のことと考えられます。

 犬や猫などのペットが人に対して示す愛着行動や愛着心を抱かせる存在であるという性質は、交流分析的に捉えるとペットが人に与えてくれるストロークと考えることができるのかもしれません。愛着の情を示し、寄り添ってくれる存在であるペットと一緒に生活することで人は孤独感も軽減され、快活に生活する力を得ることが出来ます。仮に一人でいてもペットを飼育することでペットが示す愛着行動やその存在が与えてくれる幸福感というストロークを得ることが出来るようになるのです。つまり、交流分析的に飼い主がペットを飼う理由を考えるとき、ペットが人にストロークを与えてくれることが一つの理由になっていると捉えることもできるでしょう。

 ペットが飼い主に与えてくれるストロークは、主に身体的・精神的な肯定的であるストロークと考えることが出来ます。飼い主はペットと一緒の時間を過ごすだけで癒され肯定的な気持ちになります。ペットは、飼い主の呼びかけに反応し、呼びかけた人に応えたり、体にすり寄ったりして親愛の情を見せます。ご飯をくれる人になつくといった条件付きなストロークを見せるところもありますが、家族全員に分け隔てなく親愛の情を示すといった無条件ストロークを見せることも珍しくありません。ペットがこういった身体的・精神的な肯定的ストロークを人に与えてくれることは、飼い主にとってペット飼育の大きな動機になっていることは否定できないでしょう。

 ペットは、飼い主に対して唸ったり、かみついたりすることがあります。また、他の犬や猫に嫉妬や罪悪感などを持つこともあります(Fox,1974a;1974b;1981)。このようなことから、ペットは飼い主に対して否定的ストロークを示すこともあると言えます。しかしこのペットから受けとる否定的ストロークには人から受けとる否定的ストロークとは異なる決定的な特徴があります。それは、飼い主はこのストロークにディスカウントを感じないだろうということです。ペットからのストロークには飼い主がディスカウントを認めにくいという特徴があると言えます。

 人から受けとる否定的ストロークは、時に受け手をディスカウントする、明らかに悪意に満ちているものがあります。仮にストロークを発する人にディスカウントの意思がなくても、受け取る側は勘ぐってディスカウントを含むストロークとして受け取ることもあります。これは、人が知性を持ち、人との交流にはいろいろな策略が含まれると受け手が認知する可能性があるためです。このため、人間からのストロークの場合、そのストロークにディスカウントが存在するのではと疑い、受け取る側によってはディスカウントがないものとしてストレートにストロークを受け取られないことがあります。一方ペットには人間が持つような高度な知性が存在しないため、飼い主はこのような勘繰りをする必要がありません。ペットから受け取るストロークは表現通りストレートに飼い主に認知され、否定的なストロークであったとしても、ディスカウントがないストロークだと飼い主に認知される と考えられます。

 また、ペットが示す否定的な行動や感情は、自身の危機から脱するための行動で悪意に満ちたものはないと飼い主に認知されるため、ペットからのストロークにディスカウントを感じ得ないということも言えるでしょう。ペットがかみついたり、唸ったりするのは、基本的にはペットに降りかかる災難や恐怖を排除するためのものと考えることができます。ですから、ペットの示す否定的ストロークは、飼い主でなくてもディスカウントがないと認知されるものが大半です。犬猫が嫉妬や罪悪感を示すのも、自分の所属する群れから排除されないようにするためであったり、自分の獲物を取り返すためであったりします。ペット自身に降りかかっている命の危険につながる問題を解決するための行動であり、ペットの持つ純粋な生きるための欲求や感情から生じているといえます。また、犬や猫が示す嫉妬や罪悪感はふつう、人に対してではなく、同居犬や同居猫に表現される感情です。食べ物や飼い主の愛情を他の動物より効率よく獲得するために示す感情です。人を恐れてかみつくことはあっても、人を妬み、ひがみ、恨み、陥れるためにペットが感情や行動を見せることはないと考えられます。このようなペットの持つ存在特性から、ペットが示す嫉妬、罪悪感、ひがみ、妬みなどの感情は、飼い主をおとしめるために行っている行動ではない(ディスカウントがない)と認知されます。このようにペットは人が行うようなラケット感情に基づく感情表現や行動を人に対して行わないと認識されるので、飼い主だけでなく普通一般の人に対してもディスカウントのないストロークを示すと認知されると考えることが出来ます。

 このようなペットの持つ様々な存在特性から、ペットが与えてくれるストロークはディスカウントを含まないと飼い主に認知されると想像できます。ペットの示すディスカウントのないストロークには裏で過度に人に期待したり、陥れようとしていることがありません。喜びやうれしさや親愛の情はありのままに人に対して表現されます。このためペットが示す愛着行動・ストロークは、純粋で嘘がないと人に認知されます。ペットがもし肯定的なストロークを飼い主に示したとすれば、それはまったく裏がない無条件ストロークとして飼い主に受け取られるでしょう。至上の無条件肯定的ストロークと言ってもいいのかもしれません。対人での交流では「裏に何かあるのでは」と受け取る側が勘ぐってしまうこともあるため、このような至上の無条件肯定的ストロークを得ることはできないかもしれません。ペットの性質やペットが言葉をしゃべれないことがかえって、人に至上の無条件肯定的ストロークを与えることをペットに可能にしているのです。このように考えるとペットが人に与えてくれるストロークは、神様のような完全な存在が仮定されるなら、そのような存在が与えてくれるストロークに近いものかもしれません。このように分析される、ディスカウントのないストロークをペットたちは毎日まるでシャワーで浴びせるように飼い主に提供してくれます。これは、飼い主にとって眩しいほどの価値があり、大きな癒しを提供してくれることが想像されます。もし、日常の生活でストローク飢餓に陥っていても、ペットからのストロークは飼い主に大きな力を与えてくれるでしょう。飼い主は、他で得ることが出来ないディスカウントのないストロークを得るためにペット飼育を続けているといえるのかもしれません。

ペットが与えてくれるストローク

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