ペットロスとは、ペットと死別したり、事情で引き離されたりして生じる、ペットとの別離を指す言葉(loss of pet)ですが、現在ではペットを失った時飼い主が感じる喪失・悲哀感情を含んだ意味の言葉として用いられています。今まで述べてきたとおり、ペットと飼い主はお互いに愛着感情によって深い絆を形成します(B・Gunter,1999)が、このように愛着を抱いた対象であるペットが亡くなったり、急に姿を消すことによって、飼い主は親族や友人を失った時と同様もしくはそれ以上の悲嘆・喪失感情を味わうことがあります。

 ペットロスにおける悲嘆感情は、愛着を抱いてペットを飼育していた人ならだれでも当たり前に生じる普通の感情です。そして、ペットの愛着の強さや絆の深さが大きいほど強く感じられると一般的に考えられています。ペットロスの強さも様々であり、軽度な場合から心身や生活に支障を来すような重度の場合まであります。ペットロスの悲嘆反応が蔓延化し、心身の障害にまで発展するケースのことをペットロス症候群とも言います。ペットロス症候群のように、悲嘆反応が蔓延化する背景には、飼い主とペットとの愛着の質やうつ病との関連や過去の死の体験など飼い主の個人的な要因が関わっていることが指摘されています(横山,2003)。また、代替不可能な存在であるペットを喪失したことから生じる飼い主の悲嘆感情を周囲が理解しなかったり、ペットの喪失で生活や家族関係が変化してしまうなどの飼い主を取り巻く社会的要因も二次的にペットロスを複雑化してゆく原因になっていると指摘されています(新島,2006)。

 ペットロスにおける悲嘆反応は、親族や友人と死別したときに生じる喪失と立ち直りの間で揺れる時間、すなわちグリーフ(grief)の心理反応の過程と同様の過程を経ることが多いと考えられています。つまり、人は衝撃期、悲痛期、回復期、再生期の4つのグリーフの過程を経て、心理的ダメージから回復してゆくと考えられています。衝撃期において、人は現実を受け止められず、思考低下や否認、心理的ショックによる不眠・食欲不振などの身体的症状が認められ、自己を防衛するための反応もみられることがあります。その後、悲しみ、嘆きのあまり後悔や自責感、罪悪感や怒り、孤独感などの心の痛みを体験する悲痛期を迎えます。時間が経過し、十分な悲痛感情を表現することによって現実を受け入れ、生じた事実の肯定的な面も見ることが出来るようになる回復期を迎え、ペットロスで生じた悲痛感情やその事実を前向きに捉えられる時期がやってきます。その後、ペットと過ごした日々や亡くなったペットとの出会いの意味を見出してくる再生期を迎え、失ったペットへの感謝の念やこれからの新しい生活・出会いに対して希望を抱けるような時期を迎え、ペットとの時間を思い出と捉えることが出来るようになってゆきます(松井豊,1997)。

ペットロス

 精神医学的に検討されたグリーフやモーニングの過程を踏まえ、次に交流分析の視点からペットロスについて検討しようと思います。交流分析的にペットロスはどのように捉えてゆけばよいでしょうか。軽度のペットロス事例と、蔓延化し心身の障害をきたす重度のペットロスに陥る事例は、どこに違いがあるかを考えてゆくことから始めようと思います。

 軽度のペットロスを蔓延化せず心身の障害が長く続かないペットロスであると定義するとき、これは正常なグリーフやモーニングにおける心理反応であると考えて差し支えないと思います。すなわち、軽度のペットロスでは、衝撃期・悲痛期、ショック・否認の段階など心理的に落ち込み不安定になる時期を過ごしますが、人が本来持つ心理的恒常性が正常に働いたことによって時間とともに回復期・再生期、離脱・再建の段階を迎えることが出来た事例であると考えられます。

 交流分析的に捉えると衝撃期・悲痛期、ショック・否認の段階ではAの働きが弱まり、理性的に現実をとらえることが難しくなっていると考えることができます。このとき、怒り(mad)、悲しみ(sad)、怯え(scared)などの本物の感情を適切な方法で充分に表出してゆくことは、心理的恒常性を発揮しAの働きを回復させ、グリーフおよびモーニングの過程をスムーズに迎えることを助けると考えられます。悲しみや怯えなど交流分析で言う本当の感情を適切に表出することは、その人が危機的な問題状態を解決することを助けると考えられるからです。よって、本物の感情を表出できる環境やかかわりを動物病院が行うことは、ペットロスのグリーフやモーニングの心理過程を正常に経験させることにつながると考えられます。

 しかし、本物の感情以外の感情である後悔や自責、罪悪感、孤独感などのラケット感情に飼い主が浸りすぎることはその心理過程を飼い主が進めてゆくことを阻害する可能性があります。後悔や自責、罪悪感、孤独感をラケット感情としましたが、Aが抑制されたグリーフ・モーニングの心理過程でこの感情を飼い主が持つことは普通のことです。ですからこの感情を抱くことがいけないことではありません。しかしながら、その感情をずっと持ち続け執着し、浸り続けてしまうことは、自身でラケット感情にストロークを与えていることになりますので、ペットロスが持続することになるかもしれないということを交流分析的には考えることが出来ます。つまり、このラケット感情に執着し続けることは、グリーフ・モーニングの心理過程を滞らせ、ペットロス症候群に陥る危険性を孕んでいます

 敗者または非勝者の人生脚本を持ち「自分はnot OK」の人生態度を持つ人は、このラケット感情のスパイラルに自分を陥れてしまうかもしれません。たとえば〈考えるな〉や〈成長するな〉といった禁止令が関与して、ペットと共生関係・依存関係を築いていた飼い主は、後悔や自責や孤独感を自分で強めてしまってペットロスが蔓延化することも考えられます。また、自分の責任で起こった事故で最愛のペットがなくなってしまった場合も、自責というラケット感情を強めざるを得ない状況のため、ペットロスが長期化することが想像されます。

 この考えを踏まえて交流分析的に考えられるペットロスに対する対応は、どのように行うことが出来るでしょうか。交流分析的に考えても、グリーフケアモーニングの対応方法に準じた方法になると考えられます。すなわち、獣医師をはじめとする動物病院スタッフが、ペットを失った衝撃期や悲痛期の飼い主の感情を「自分も他人もOK」の人生態度から受容と共感を持って傾聴することによって、飼い主が怒り(mad)、悲しみ(sad)、怯え(scared)を適切に表現しながら心理的恒常性を取り戻してゆくことを援助します。飼い主がありのままに感じているグリーフを受容し話を聴くことが第一です。その中で獣医師をはじめとする動物病院スタッフが心がけたいことは、飼い主がラケット感情に強くとらわれないようにする関わりです。先に述べたとおり、飼い主はラケット感情を抱いてOKですので、それを自由に表出できる守られた環境を提供することはグリーフ・モーニングの心理過程を進めるうえで有効だと思います。ただ、ラケット感情に固着することを促すことは避けるべきだと考えられます。死の意味は一つではなく多様です。そこで、ラケット感情を抱く飼い主を受け入れ、なおかつ、ペットの死によって生じる感情はラケット感情だけではないことを心に留めながら病院スタッフは飼い主の話を聴くことが出来ると思います。また、飼い主がラケット感情に固着しないように、引き起こってしまった“ペットの死”という結果を飼い主に原因があったと帰属させないような話の聞き方もできるように思います。仮に、飼い主の過失が原因と考えられるケースにおいても、厳密にいうと生き物の死を人間がコントロールすることは不可能ですから、「やはり運命だった」「避けることが出来なかった」といったスタンスを治療者スタッフは持っていてもいいのかもしれません。

 また、獣医師は、自責や後悔などのラケット感情が湧きやすいペットの死を迎えさせないように医療者として努力することができるでしょう。治療の過程においてペットの死が予期できるのであれば、正確な診断に基づく治療情報を飼い主に提供し、飼い主の納得のできる治療法を獣医師とともに決定することが大切です。この情報に基づき飼い主自身が“納得するケア”を行うことが出来れば、最愛のペットが最期を迎えたとき、飼い主が自責や後悔などのラケット感情に浸ることを避け、飼い主にとって「思い残すことがないペットとの別れ」を実現することが出来るかもしれません。

 飼い主自身が“納得するケア”は、必ずしも最新の獣医学に基づく治療ではありません矢野,2013)。それは、納得のいく充分な獣医療を受けさせることであったり、ペットを苦しませないようにすることであったり、最期を一緒に過ごすことであったり、飼い主によって多様性を持っているものです。動物病院は、死に行くペットの病気の正確な診断を基にモーニングワーク(喪における心の整理)の開始点として、飼い主の意志を尊重しながら死にゆくペットのケア(ターミナルケア)をどのように行ってゆくのかを飼い主とともに考えて実施してゆくこともグリーフケア・モーニングワークとして求められているのかもしれません。実例をあげれば、慢性腎不全の治療や癌における化学療法などは、言い換えれば最終的に安らかなペットの最期を目指すための治療であると言えます。このため、このような治療は飼い主にとってモーニングワークの始まりであると私は考えています。このモーニングワークの成否によって、飼い主は正常なグリーフ・モーニングの過程を迎えることが出来るように思います。動物病院が今提供している治療が治癒を目指すための治療なのか、もしくは、治らないながらも余生のQOL(生活の質)を向上するための治療なのかをはっきり意識し飼い主に情報を与えることは、飼い主が納得するモーニングを迎えるために大切です。不治の病の告知に関しては、人間の医療においても推奨される流れになりつつあります(これは質的研究によってその肯定的な効果が評価されてきているためです)。獣医療においても、病的でないグリーフケア・モーニングワークの過程を飼い主が歩んでいくうえで不治の病の適切な形での告知は推奨されると考えられます。

 動物病院がこのようなケアを行っても重度のペットロスに陥る飼い主は存在します。そして、このような飼い主は、交流分析的に評価すると、後悔や自責・罪悪感、攻撃性、孤独感などのラケット感情に囚われざる負えない性質を持つことが考えられます。これは、その人の個人的な現在の状況(一人暮らし、最近親しい人が亡くなられたなど)が関連していることも考えられますが、その人の幼児決断人生脚本が関わっている、ラケット感情に執着しすぎる性質が関連していることも考えることができます。ペットとの関係において共生関係が存在している飼い主や歪んだ人生脚本が関与してペット飼育を行っている飼い主の場合、重度のペットロスに陥る危険性が高いと考えられ注意が必要です。なぜならこのような場合、飼い主とペットとの間には関係依存が存在し、飼い主自身の自律性が著しく機能不全に陥っていることが考えられ、このことに起因して、ラケット感情に執着しやすい性質をもち、重度のペットロスに陥ってしまう恐れが想像されるからです。

 動物病院としてできることは前述したとおりの対応で、それ以上でも以下でもありません。このような重度のペットロスの飼い主を援助するには、場合によっては専門的な医療機関と連携しながら対処する必要もあるでしょう。また、動物病院のグリーフケアやモーニングケアの不手際からこのような事態に飼い主を陥らせてしまうことも考えられます。現在、人も病院で最期を迎える時代であり、動物病院もペットの最期を迎えさせるための場所となりつつあります。これからの動物病院は、飼い主がペットの死を看取るとき、グリーフやモーニングの過程について知識を持ちながら適切に援助できるスキルを持つことが望まれてくるでしょう。

 人はグリーフにおいて適切なケア(グリーフケア)を受けることが出来ると、大切な人との死別という人生の最大の危機を、今後の人生における危機に柔軟に対応できる力(これをレジリエンス;心理的回復力といいます)を身につける転機にすることが出来、自分の人生をより豊かに過ごすことに繋げることもできます。グリーフケアは、援助者がグリーフの際に生じる心理過程について理解すること援助者が傾聴を持って受け入れグリーフを安全にありのままに表現できる場を提供すること援助者によってグリーフを表現する人を「あなたが感じている感情は正当な感情ですよ」と承認し寄り添うことなどの関わりを中心に行われます。

 愛情や依存の対象を死別によって失う体験を対象喪失(object loss)と言います(小此木啓吾,1979)。対象喪失に引き続き生じる心の過程はモーニング(mourning)と呼ばれます。死別などによる対象喪失に引き続く心理過程をモーニング、悲哀の心理過程の中で経験される落胆や絶望の情緒的体験をグリーフと精神医学的には区別するようです。イギリスの精神分析学者のボウルビー(1980)は、モーニングはおおよそ次の4つの段階を踏むと規定しています。第一段階は数時間から一週間持続する無感覚から次第にパニックのような強い情緒的危機を迎えるショック・否認の段階です。第二段階は、失った対象を思慕し探し求めたり、保持し続けようとする時期で、ボウルビーは抗議・保持の段階と呼びました。喪失対象への愛情を否定するようにして眼前の事実を否認するような心理(躁的防衛とも言われます)も働きます。数か月から数年続くといわれています。第三段階は、喪失対象が永久に戻ってこない現実を認める絶望・抑うつの段階です。断念による本格的な対象喪失が主観的に体験され、激しい悲嘆反応、絶望と失意、ひどくなると抑うつ引きこもり、無気力の状態に落ち込みます。第四段階は、愛着や執着していた対象から心が離れ自由になり他の対象に気持ちを向けることが出来る離脱・再建の段階です。立ち直りに向けた努力が行われるようになります。モーニングの過程は、ここで示した4つの段階を経て終わる単純なものでなく、その人の人生の中で幾多の対象喪失とモーニングの流れが複雑に絡み合って、その人が存在する間、様々な形で豊かな流れを形成すると考えられています。アメリカの精神科医であるE・キューブラ・ロス(1971)は、200人余りの臨死患者の面接から「死にゆく過程のチャート」を記し、ボウルビーのモーニングにおける心理過程と同様な衝撃-否認―怒り・取引-抑うつ-受容・解脱といった死の受容過程を明らかにしました。

 このように精神医学の中で、対象喪失の経験をした遺される家族の心理について検討されています。遺される家族は時に大うつ病エピソード(いわゆるうつ病)と同様の心理反応を引き起こしますが、対象喪失に起因している場合、それが長期(2か月以上とも言われる)にわたるものでなく、著しい社会性や機能の不全、自殺念慮、精神活動の制止、精神病症状を伴わなければ精神疾患ではないことを定義づけています。愛する者との死別が分かった家族は、臨死患者と同様な心理過程をたどるため、患者だけでなく家族もやがて訪れる死別に対して心の準備をするケアを配慮される必要があります(予期による喪:anticipatory mourning)。そして、遺された家族が衝撃-否認―怒り・取引-抑うつ-受容・解脱といった正常な喪(normal mourning)の仕事を追行できるように、医療者が援助することも期待されます。病的な喪として、躁的な防衛のため充分に感情表現が行われなかったため、遅れて身体症状が生じてしまう時期遅れの喪(delayed mourning)、通常一年ほどで回復がみられる喪がそれ以上に長引いてしまう慢性化した喪(chronic mourning)、命日などに悲哀反応が高まってしまう記念日反応(anniversary reaction)などが知られています。

グリーフの心理過程

 
 

ボウルビーのモーニングの心理過程 と ロスの死にゆくチャート