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 次に、飼い主や病院スタッフとのトラブルが生じているときの交流パターンを対話分析で考えていきます。対話分析によって、診療業務の時、自分の自我状態と相手の自我状態がどのようになっているか理解でき、その交流がどのような性質を持つのかを理解することができます。この理解によって、診察室で生じた対話トラブルがなぜ生じてしまったのかを見つけ、今後に獣医療コミュニケーションの改善につなげることができます。獣医師が飼い主やスタッフと円滑に会話している時、交流が途絶えたとき、行き違いが起こっているとき、けんかになった時、どのような交流様式になっているでしょう。対話分析によって獣医療コミュニケーションを分析してみようと思います。

 獣医療の診療場面や業務上の対話においても相補交流交差交流裏面交流が繰り広げられています。交流が相補交流になっている場合、スムーズな会話のキャッチボールが繰り広げられますが、時に裏面交流や交差交流になり、対話がかみ合わなかったり、不快を感じたり、会話が途絶えたりします。

 対話分析によって自分の交流パターンを把握すれば、自分の交流の問題点がどこにあるかを理解することが出来ます。そして、時と場合によって自由自在に相補・交差・裏面交流を使い分けて、「自分も相手もOK」となるような交流パターンをとることが出来るようになります。つまり獣医師が対話分析を理解することは、飼い主やスタッフと円滑でかつ効果的なコミュニケーションを持つために大きな武器になります。そして、自分と相手の自我状態の理解に繋がり、獣医療の診療場面で獣医師と飼い主の間に生じている現象を理解するうえで、対話分析はいろいろな知恵を獣医師に与えてくれます。前述した相補交流、交差交流、裏面交流の性質をここでもう一度おさらいして、獣医療のコミュニケーションの交流パターンを評価してみようと思います。

 相補交流では、刺激側、反応側それぞれの自我状態から発せられる交流のベクトルが平行で交わらないことに特徴があります。予想できる反応が返ってくるため、刺激側、反応側ともに違和感を抱かず円滑な交流が続いてゆきます。飼い主やスタッフと良好な関係を維持するために中核になる交流パターンです。刺激側、反応側双方とも受け入れられた感情を持ちやすく、相手に親しみを感じる気持ちの良い交流となりやすいメリットがありますが、会話が延々と続いてしまうため堂々巡りの会話が生じることがあります。たとえば、飼い主からクレームがあり、動物病院側が謝罪するという相補交流の場合、

対話分析を獣医療に利用する

 という具合に、相補交流は当人たちがそれを続ける気がなくなるまでクレームが続いてしまう可能性があります。

 ここでうまく交差交流を用いると、両者の自我状態を変化させることができます(オプション)。交差交流は、刺激側の自我状態から発せられた交流のベクトルに、反応側が刺激側の意図していない自我状態から交差して交流のベクトルを発してくるところに特徴があります。刺激側の予想を裏切る自我状態から反応側は交差して交流してくるため、刺激側、反応側ともに違和感が生じ交流が途絶えることになります。時に不快を感じることもあるでしょう。そして交差交流を受け取ったとき受け取った側は、交差した人が招いている自我状態に移行しやすい特徴があります。先ほどのクレーム場面の続きを交差交流を用いて対処する例を示します。

 と、交差交流のメリットを利用して飼い主CP⇄病院スタッフ ACの相補交流が途絶え、飼い主C ⇄病院スタッフ Aの相補交流に転換することが出来るかもしれません。この例では、病院スタッフA→飼い主Cの交差交流で、飼い主がCPから反応することに違和感が生じ、招かれたCから相補交流によって病院スタッフのAへ反応しています。この会話を途絶えさせ、相手の自我状態の変化を招くという交差交流の特徴は交差交流を利用するメリットとも考えられます。このような交差交流の特徴を生かして交流パターンの変化を試みることが出来ます。

 獣医師が獣医療でオプションを用いる際にポイントがあります。それは、オプションを用いる前に飼い主と相補交流を用いて充分に交流しておくということです。相補交流を充分に持つことでストロークを得られるため、飼い主は獣医師から受け入れられた感覚を持つことになります。飼い主が獣医師に受容された感覚を持っていると、オプションのための交差交流を獣医師から刺激として受け取った際に、飼い主は自分の自我状態を誘われた自我状態に移行しやすくなると考えられるからです。

 次に獣医療場面の裏面交流について整理します。裏面交流は、非言語的に発せられているメッセージにこそ本質があるという特徴があります。コミュニケーションは、言葉によるメッセージの意味よりも声色や表情の示す非言語的メッセージの意味の方が人に伝わりやすいと言われています。これをメラビアンの法則といいます。そして、言葉と非言語の示す意味が一致していないと普通受け取り側は不快や不安を感じます。非言語的メッセージに本質を持つ裏面交流は相補交流に比べて受け手側の気持ちを揺さぶりますので、いい意味でも悪い意味でも刺激側が反応側を惹きつけることがあります。裏面交流には鋭角裏面交流と二重裏面交流がありますが、どちらの交流においても非言語メッセージに本質があるという特徴が良い作用と悪い作用を引き起こします。鋭角裏面交流では、刺激側が反応側に自分の気持ちを遠回しに匂わせるので、その裏面ベクトルに対して相補的に反応があれば相手の気持ちを汲んだ良い交流になることが多い特徴があります。しかし、ある種の鋭角裏面交流や二重裏面交流で、非言語的メッセージに反応側に対するディスカウントを含んでいると、心理ゲームやラケット行動の引き金の交流になってしまうことがあります。裏面交流は相手の感情をダイレクトに揺さぶりやすい交流のため、裏面交流を用いて獣医師が刺激する時も、裏面交流に反応する時も獣医師は注意深く行う必要があります。裏面交流が行われる際、獣医師は自分や相手の発する非言語的メッセージに気づいていること、その非言語的メッセージにディスカウントを含んでいるかどうかに気づいていることは、不毛な裏面交流を避けるために大切であると考えられます。このような、相補交流・交差交流・裏面交流の特徴を理解して交流を持つことが、獣医療コミュニケーションを円滑にするための武器になってくると考えられます。

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