心理ゲームの説明に入る前に、ラケット感情とラケット行動について説明します。

 ラケット感情とは、いろいろなストレス状況で経験される偽の感情で、なじみ深い感情であることに触れました。このラケット感情は心理ゲームを知るうえで重要な概念のため、ここでもう一度詳しく説明しておきます。

 我々は、ラケット感情を親や環境からの影響によって子ども時代に身につけてしまいます。これは先に幼児がコップの水をこぼした際に抱く感情を、悲しみや怒りという本当の感情の代わりに“後悔”というラケット感情に置き換えて身につけてしまうでも紹介しました。

 一方、悲しみや怒りという本物の感情は、自分に降りかかった危機を自分自身に知らせてくれる、いわばアラームのような感情です。そのため、悲しみや怒りという本物の感情は、危機が起こっている原因を分析し、避けるための工夫を行うための原動力となります。つまり、問題解決への対処に繋がってゆく感情です。これに対し“後悔”という感情は、自信を失って硬直させ思考を停止させるような情動を引き起こし、問題解決を滞らせる効果を及ぼします。幼児期に身につけるラケット感情は、このように大人になってから起こる問題を解決するために有用に働かない場合があります。しかし後述する人生脚本の影響もあって、人はストロークを得ようと身につけたラケット感情に大人になってからも縛られてしまっています。

 ここで、ラケット感情でない感情、交流分析でいうところの本物の感情(authentic feelings)について整理しようと思います。本物の感情は、先に記したように怒り(mad)悲しみ(sad)怯え(scared)喜び(glad)の4つの感情のことを言います。コップをこぼした子供の本物の感情は怒りと悲しみでした。水がこぼれた状況とこぼしてしまった自分に怒りと悲しみを感じるはずでした。この感情は本来子供が水をこぼさないような学びにつながってゆきます。つまり、本物の感情には、今ここでの問題を適切に解決するために有用に働くという特徴があります。

 本物の怒りを表現するとき、私たちは目前にある問題に憤り、今ここでの問題を解決しようとするスタートにいます。本物の悲しみを感じることで、私たちは過去に起こったつらい出来事を自分の中で消化し乗り越え心理的恒常性を回復する努力をしています。本物の怯えを感じているとき、即座に危険を回避し私たちは未来に起こる問題を解決することを試みます。本物の喜びを感じることは、今ここにある幸福を謳歌し、私たちが実のある人生を過ごすことに導きます。このように本物の感情を適切に感じ表現することは、目の前の問題を解決し人生を豊かにする効果があります。

心理ゲームの説明の前に 〜ラケット行動から心理ゲームに発展

本物の感情(authentic feelings)

 

今ここでの問題を適切に解決するために有用に働く

 

本物の怒り(mad)を感じているとき】

 目前にある問題に憤り、今ここでの問題を解決しようとするスタートにいる 

 

本物の悲しみ(sad)を感じているとき】

 過去のつらい出来事を消化し乗り越え、心理的恒常性を回復する努力をしている

 

本物の怯え(scared)を感じているとき】

 即座に危険を回避し、未来に起こる問題を解決することを試みている

 

本物の喜び(glad)を感じているとき】

 いまここにある幸福を謳歌し、実のある人生を過ごすことに導く

 

 ここで注意することがあります。それは、怒り、悲しみ、怯えには本物でないラケット感情の怒り、悲しみ、怯えがあるということです。たとえば、他人に対する度を越えた怒りはラケット感情です。過去に起こったことに対する不適切で強迫的な怯えや悲しみもラケット感情です。強く、なおかつ不適切な持続性を持って生じる怒り、悲しみ、怯えは、以前の経験から自分で身につけてしまったラケット感情になります。ラケット感情である怒り、悲しみ、怯えは、問題を解決することに繋がらない感情なので、本当の感情とは区別されます。

 人はラケット感情に対してストロークをもらおうとする「ラケット行動」という行動をすることがあります。ラケット感情によってストロークを引き出そうとする癖を持った人がラケット行動を行います。ラケット行動をとる人(ラケッティアー)は、ラケット感情を表出することで相手からストロークを引き出そうと誘います。

 ラケット行動は二つのパターンがあり、どちらもPCの相補交流を行います。タイプⅠは、ラケッティアーがCで相手にPの役を負わせます。そして「私はnot OK、あなたはOK」の人生態度をとります。タイプⅠのラケット行動には、

  ラケッティアー「昨日嫌なことがあってね」

  相手「あら、それは大変だったね」

 と相手にNPから返答させるラケット行動(これをタイプⅠa「無力」といいます)と、

  ラケッティアー「何で慰めてくれないの?」

  相手「それならどうして何とかしなかったのかい」

 と相手にCPから返答させるラケット行動(これをタイプⅠb「ガキ」といいます)があります。タイプⅡは、ラケッティアーがPで相手にCの役を負わせます。そして「私はOK、あなたはnot OK」の人生態度をとります。タイプⅡのラケット行動には、

  ラケッティアー「どうですか。お気に召しましたか?」

  相手「はい、ありがとうございます」

 と自分がNPになり、Cの自我状態の相手から感謝のストロークを引き出そうとするラケット行動(これをタイプⅡa「援助」といいます)と

  ラケッティアー「また出来なかったのか」

  相手「はい、すみません」

 と自分がCPになり相手から言い訳がましいCのストロークを引き出そうとするラケット行動(これをタイプⅡb「ボス」といいます)があります。

 ラケット行動は暇つぶしの行動で、ただラケット感情を表出させてストロークを充足させる非生産的なやりとりです。そして後述しますが、獣医師と飼い主の交流は獣医師P⇄飼い主Cの形をとりやすく、獣医療においてラケット行動がよくみられることがあります。このラケット行動は、幼児決断ディスカウント、後述する人生脚本の影響を受けながら、これからお話しする心理ゲームの始まりとなってしまう場合があります。ラケット行動と心理ゲームは、ラケット感情を味わうという部分では共通点がありますが、ラケット行動では役割の転換がおこりません。心理ゲームでは、劇的な役割の転換や感情の変化を含む「切り替え」が引き起こされ、このため、ラケット感情と濃厚な否定的ストロークを得ることが出来ます。