パターナリズムの影響で生じる獣医師CP⇄飼い主ACの相補交流や説得は、ディスカウントを伴う場合飼い主の自律性を侵食する可能性があることについて言及しました。獣医療における交流パターンによって利用者である飼い主や飼育されているペットの自律性を侵食する可能性があるということは、獣医師の対応によって利用者の自由な意思決定で獣医療を受ける機会を侵害してしまうことがあるということです。獣医療行為は利用者である飼い主やペットの利益のためにあるはずですので、このことは、飼い主やペット本位の獣医療の実現に反しています。つまり、パターナリズムが、飼い主やペットの希望に沿った治療を妨げる可能性があるということになります。

 このような問題を解消し、患者本位(クライアントセンタード)の医療を実現しようとする姿勢として反パターナリズムという考え方があります。インフォームドコンセントについての様々な議論から、反パターナリズム、すなわち患者本人の自己決定を尊重した医療を目指そうという考え方は人の医療では以前から提唱されてきました。サービスの質を問う上で、反パターナリズムは獣医療でも望まれる医療方法論であると考えられます。ここで、反パターナリズムの獣医療を実現するために交流分析ではどのように考えられるか整理します。

 反パターナリズムの獣医療を実現するということは、交流分析的にいうと獣医療において飼い主の自律性を尊重することと言い換えることが出来ると考えられます。ここで仮定される自律性を有する飼い主は、程度の差こそあれ、Aのコントロールのもと、自我状態P、A、Cを時とTPOに合わせて使い分け獣医師とコミュニケーションできる飼い主といえます。ということは、主に獣医師A⇄飼い主Aの相補交流を用いており、飼い主のAが充分に活性化されているといえるかもしれません。

 しかし、現実には飼い主のAは診察室で抑制され、獣医師CP⇄飼い主ACの相補交流が持たれる傾向にあります。獣医師CP⇄飼い主ACの相補交流は、飼い主をCに誘う交流であるため、飼い主のAを刺激することが出来ません。ということは、パターナリズムが関連する獣医師CP⇄飼い主ACの相補交流や説得は、反パターナリズムを目指すためには適当でないと考えられます。そこで、反パターナリズムを目指す獣医師は、飼い主のAに向けた交流を心がけ、飼い主をAの自我状態に誘う交差交流を用いる必要があると考えられます。

 しかし、病気のペットを携えて来院するすべての飼い主がAを発揮させて、自律的に治療方針を自己決定することが出来得るでしょうか。飼い主は具合の悪いペットを心配し、Aが抑制されACやFCが優位に働いているため、むしろおそらくほとんどの飼い主が健康的にAを働かせることは難しいと考えられます。そのため、反パターナリズムを目指すにしても、獣医師は時に獣医師CP⇄飼い主ACの相補交流を使って飼い主と交流せざるを得ないと考えられます。反パターナリズムを目指すために獣医師は、飼い主をPからリードする交流をもつ必要があると考えられます。

 ここでも対話を繋ぎ直すオプションの考え方を利用することができます。飼い主の自我状態をAに誘導することを実現するために、獣医師CP⇄飼い主ACの相補交流で円滑な関係を形成しつつ、状況に応じて獣医師の自我状態P、A、Cを使い分け飼い主のAに対して交差交流を試みます。Aに対して交差交流された飼い主の自我状態はAに移行しやすくなります。このようにAが発揮できない飼い主に対しても、オプションを利用し獣医師は飼い主のAを刺激する交流を用いることによって反パターナリズムを目指すことが出来ると考えられます。

 反パターナリズムを目指すために用いられる獣医師CP⇄飼い主ACの相補交流や飼い主をAに誘導する交差交流によって行われるオプションは、飼い主を操作的に扱うという部分で「他人を変えられない」とする交流分析の哲学と相いれない部分があります。そこで、反パターナリズムを実現するために行われるこれらの交流においてディスカウントが存在しないことが大事になります。

 ディスカウントが存在しないということは、反パターナリズムの実現に獣医師の善意と倫理性が存在しているということだと思います。獣医師の認識の持ちようによっては、Aが抑制された飼い主に対してどのような診療も可能です。獣医師がディスカウントしていればマルプラクティス(malpractice;不正診療)を行ってしまうことも出来ます。Cが優位になっている飼い主を獣医師の都合の良いようにいくらでも操作することができることに獣医師は気づいている必要があります。つまり説得の時と同様に、反パターナリズムを実現するためにも、獣医師は自身の行っているディスカウントに気づくことが必要十分な条件であると考えられます。

 今まで論じてきたように獣医療で生じるパターナリズムについて交流分析的に考察すると、どのようにすれば反パターナリズムを実現することが出来るのかの道筋が見えてきます。獣医療面接内で生じている他の様々な問題交流においても、交流分析的な考察は問題解決の一つの方法を示してくれる可能性があります。交流分析によって獣医療で行われる交流を分析することは、飼い主本位・ペット本位な獣医療を提供することに役立つと考えられます。

反パターナリズムと対話分析

反パターナリズムを目指す

・交流分析的に捉えると、反パターナリズムは、飼い主の自律性を尊重することである。

・飼い主のAを活性化するため、獣医師A⇄飼い主Aの相補交流を目指す必要がある。

・しかし、動物病院で飼い主のAは抑制されやすく、飼い主のAを活性化することは難しい。

・獣医師はディスカウントのない善意と倫理性を持って獣医師P⇄飼い主Cの相補交流から飼い主のAに対して交差交流などのオプションを用いながら反パターナリズムを目指すことが望ましい。