ここで、パターナリズムの影響によって獣医療コミュニケーションで生じやすいと考えられる交流パターン「説得」について検討してみたいと思います。

 パターナリズムやお任せ医療関係の影響で、獣医療の診察室では獣医師がP(特にCP)、飼い主がACの自我状態を持ちやすいことを説明しました。このため、獣医療で頻繁におこなわれる相補交流に獣医師のPから刺激され、飼い主のCで反応を受けるCP ⇄ ACの相補交流が生じやすい傾向があります(パターナリズムの影響で生じる飼い主と獣医師の交流)。診療場面で飼い主のAは抑制され、依存的・従属的・反動的なACや感情的・衝動的なFCなどCの否定的な自我状態の機能が優位になりやすいため、飼い主の交流は獣医師のPに向けられる対話となり、獣医師の自我状態がPに移行しやすくなることがその理由です。Pの自我状態にある獣医師はCPやNPから相補的に飼い主と交流しようとすることが多くなります。この時対話分析の原則としてACからの交流はCPに向けられる傾向があります。このため、飼い主の依存的・反動的なACからの発言は、獣医師の独善的・規律的に価値づけするCPに向けて発せられるので、診察室での対話は、飼い主AC⇄獣医師CPの相補交流が生じやすいことが考えられます。

パターナリズムと説得

 CPはいわば“父性”からの交流で、教える・指導する・正すなど人を諭す交流パターンです。獣医師のCPの自我状態から発信される、教える・指導する・正すという交流は、「説得」し「相手を変えよう」とする交流と言えます。説得は、心理学的に“主に言語的手段を用いて他者の態度や行動をある特定の方向へ変化させようとする行為”と定義されます(1999,心理学辞典.有斐閣.p511)。このように考えてゆくと、CPから発しやすい獣医師の交流パターンは「飼い主を説得すること」を生みやすいことが分かります。

 獣医師の行う説得は、Aから発信しているとも考えられます。医療情報や科学的事実を飼い主に説明、提示することで説得することが多いからです。しかし、純粋に「Aからの説得」ということはあり得ません。Aからの交流であれば、「他人を変える」という意志は含まないからです。説得という行為自体が、相手を変化させ、支配し、従わせようとする交流であり、このような交流は、CPから発信しているとみなされます。つまり獣医師の交流パターンのうち「説得」という行為は、CPとAが関係して生じる交流と考えられます。このため、時には獣医師がCPとAの汚染を起こしている状態で説得している場合もあると考えられます。

 交流分析において「他人を変える」ことはできない とされるため、この「説得」はやや無理が生じている交流パターンです。そのためか、説得に失敗すると送り手である獣医師は漠然と不快感を抱くことがあります(この不快感は獣医師の自我状態CPとAの汚染が関係していると考えられます)。

 心理学的に説明される説得理論において、説得が成功する要因には送り手の影響力メッセージの内容説得の方法一面提示か両面提示か)、受け手の“被説得性”などがあり、これらの要因が相互に影響し説得の成否が決まると考えられています。説得が失敗に終わると受け手は心理的リアクタンス(説得されることにより精神的自由を脅かされた受け手が反発によりその説得をさらに受け入れ難くなる心理現象のこと)や認知的不協和理論(人は認知上の葛藤が生じた場合に心理的に不快・不協和であるため、それを低減したり回避しようと試み、葛藤の一方の立場をとる傾向があることを示した理論。説得においては成功すれば変容した態度を保持しやすいが、失敗すると新たな説得への抵抗が生じることがあると考えられている。)によって説得への抵抗を示す傾向が生じるとされています。これは、説得が人の自律性を浸食する行為であり、人に葛藤や抵抗などの反応を生じさせるためと考えられます。

 この様に考えてゆくと、説得は、人の自律性を侵食するため交流分析的にあまり望ましい行為ではないと考えられます。では、説得は有害な交流なのでしょうか。実はそうとも言い切れないと考えられます。逆に説得は、獣医師の業務上飼い主との間に当然生じる、獣医療において必要な交流パターンであると考えられます。飼い主も説得されることを望んでいると考えられる場合があります。

 パターナリズムの影響で生じる獣医師CP⇄飼い主ACの相補交流は飼い主のAが抑制されACの機能が優位になることから生じていますので、獣医師はCPから反応するしかありません。そうでないと交差交流が生じて、交流に違和感が生じ、飼い主との交流が途切れてしまうかもしれないからです。交流が途切れてはペットの治療を行うことはできなくなります。また、飼い主がAC優位の時、獣医師にはCPから交流してほしいと望んでいるということが言えます。よって、獣医師は指導・説得などのCPからの交流を行う必要があると考えられます。

 交流分析的に有害と考えられ、問題にしなくてはいけないと考えられる獣医療上の説得は、交流にディスカウントを含む説得です。説得におけるディスカウントとは、獣医師が自身の自我状態をディスカウントしているCPとAの汚染がある場合と、飼い主やスタッフなど受け手である相手をディスカウントしている場合が考えられます。

 CPとAが汚染した獣医師が行う説得は、「偏見」に裏打ちされています。「絶対・・・しなければならない」「・・すべきだ」と考えています。しかし、医療行為は不確定なため、厳密に考えると獣医療行為に「絶対・・・しなければならない」ことはありません。確かに研究が進み、患者が治療を選択するために有用に利用されるエビデンス(治療における根拠)が多くわかってきており、これを利用して医療行為を進めることが医療倫理上ベターです。しかし、エビデンスはあくまで確率論であり、その治療を受けるペットがエビデンス通りに治癒するかは分かりません。そしてその治療を受けるかどうか決定するのは飼い主であり患者です。よって、治療行為に「絶対・・・しなければならない」ということはないといえます。もしエビデンスを盲目的に真理と考えている獣医師がいるならば、この獣医師の考え方自体がCPとAの汚染ということがいえると思います。また、「この治療のほうがお金になる」とか「飼い主をこちらの言うとおりに誘導したい」等の、獣医療利用者であるペットや飼い主を軽視している理由からの説得は、相手である飼い主を明らかにディスカウントしており、有害な説得であると考えられます。このようなディスカウントを含む説得は、相手を傷つけ自律性を侵害することが想像されます。

 説得にディスカウントを含まなければ、たとえその説得が人を変えようとする意志を含んでいたとしても有害ではないと考えられます。たとえば、通常の「親が子供を叱る」というCP⇄ACの相補交流は、ある意味「説得」ですが、子供の成長を思って行う、ディスカウントのない「説得」の例です。近年はディスカウントのある「親が子供を叱る行為」=虐待も問題になっています。子どもの虐待を行っていた親はよく「しつけのためにやった」と言います。子どもがうるさく騒いでいた、親の言うことを聞かなかったためのしつけをしたと言います。虐待をしている親のしつけには、親自身の都合(うるさい、いうことを聞かないなど)が含まれていて、子供の成長を思って行っていない行為が含まれています。子供の成長を思う“本当のしつけのための叱る行為”なら、子供の自律性を育む行為であり、親の都合を聞かせるための行為でないといえます。よって、しつけで虐待する親は、子供を一人の人格を持つ人間として接することをディスカウントしていると言えます。“本当のしつけのための叱る行為”のように、ディスカウントを含まない説得であれば、相手の自律性を侵害せず、送り手は受け手に悪影響を及ぼさないと考えられます。

 獣医療におけるディスカウントのない説得とはどのようなことでしょうか。具体的には次のような説得的交流への配慮だと考えられます。送り手は、説得を受け入れて欲しいという願望を持ちますが、受け手が必ずしも態度変容するとは限りません。成功する場合もありますが、失敗することもあります。そして、説得を受け入れるか受け入れないかは、交流の受け手(飼い主)の自由であるのです。加えて、医療行為に絶対という保証はありません。エビデンスべイスドメディスン(証拠に基づく医療)を忠実に行ったとしても、エビデンスはあくまで医療情報は過去のデータの蓄積にすぎず、目の前のクライアントに対して必ずしも真実であるとはいえないという限界があります。エビデンスはクライアントが治療を選ぶための判断材料として利用することが出来る情報にすぎません。このような配慮のもと説得を行えば、獣医師がCPとAの汚染をしない(つまり偏見や思い込みの治療をしない)、受け手をディスカウントしない説得を実現できるでしょう。このディスカウントのない説得の原則を獣医師が知っておけば、説得が失敗に終わっても獣医師が不要な不快感を抱くことがなくなると思います。また、よく考えると獣医師が抱く説得が失敗したときに抱く不快感は、CPとAの汚染が関係するラケット感情です。本物の感情ではありません。このことを理解しておけば、不快感の扱いをうまく行うことが出来ると考えられます。

パターナリズムの影響で 獣医師CP ⇄ 飼い主AC の相補交流を取りやすい

 

獣医療における説得コミュニケ―ションでの配慮

・CPからACの交流に説得がある。これは「相手を変えよう」とする交流である。

・説得は相手の自律性を侵食する可能性がある。

・獣医療におけるディスカウントがある説得は有害である。

・ディスカウントのない説得は、獣医師がCPとAの汚染に気づくことと、受け手である飼い主とペットをディスカウントしないことへ配慮することで実現できる。