獣医療事例において時に明らかにトラブルを引き起こす獣医師-飼い主関係が存在することは事実です。関係が断ち切られるもの、訴訟になるもの、相手の心を傷つけてしまうものなど様々なトラブルをあげることができます。このような獣医師-飼い主関係によって引き起こるトラブルは、獣医療技術における明らかな過失によるものを除いては、双方の自我状態のあり方、歪んだ人生態度・幼児決断人生脚本が関係する交流パターンによって引き起こされることがあることを交流分析を通して考えてきました。

 裏面交流のない相補交流においてこのようなトラブルは起こりづらいと考えられるため、トラブルが生じる交流には獣医師または飼い主もしくは双方に歪んだ形での交差交流二重裏面交流が生じています。そしてその歪んだ交流パターンの中にディスカウントが存在するため、心理ゲームなどでラケット感情が生じ獣医師-飼い主関係のトラブルという結果に繋がってゆきます。

 獣医師-飼い主関係のトラブルが引き起こってしまった場合、獣医師は、自分自身がディスカウントに気づき、「自分も他人もOK」の人生態度から交流を行うことを意識し対処することが大切です。このような対処によって獣医師-飼い主関係の負の交流を避け、生産的な形でトラブルに対処することができるようになると考えられます。飼い主がディスカウントを行っている場合、獣医師は相補交流による共感的な対応からラポール形成をめざし、獣医師のAからの交流や飼い主のAへの交流を意識する交差交流を用いることで、飼い主並びに獣医師のAを活性化するように対処することができるでしょう。このような対応によって無用な心理ゲームを生じさせないで済むようになり、トラブルを未然に防ぐことも出来るでしょう。

 獣医師自身や飼い主がディスカウントを伴う対話を行ってしまう要因として歪んだ人生態度の問題、幼児決断やドライバーを含む人生脚本の問題が絡んでいます。この問題に対処するために、獣医師は、自分がどの人生態度を優位に働かせているのか、どのような幼児決断やドライバーに駆り立てられて生活しているのか気づいていることが大切です。そして、獣医師が持つディスカウントが、獣医師にとって自身の仕事を選択した理由やたびたび引き起こしてしまう心理ゲームに関係しているのではないかということを考えてみる必要があると思います。そして、飼い主もその人がペットを飼育している理由や深い愛着感情を抱いている理由にディスカウントが関係していることがあるということに獣医師は気づいている必要があると考えられます。

 ペットはディスカウントのないストロークをシャワーを浴びるように人に与えてくれます。このようなペットの性質から、人はペットとの生活の中で安心感や喜び、癒しを得ることができます。適切な距離でペットと接するならば、ペットの与えてくれるストロークは人にこのような良い影響を与えます。しかし、近すぎる心理的距離(共生関係)でペットと接するならば、人はペットから悪い影響を受けます。そしてそのことはペットに対して動物愛護的な問題を引き起こすことがあります。

 飼い主が近すぎる愛着心でペットと接する時、それはペットへの愛ではありません。ペットへの関係依存となっている場合が大半だと考えられます。ペット依存では、ペットとの関係において飼い主が自分自身を見失っています。ペットに依存している飼い主は、自律性を損ない、ペットの存在によって自身が行っているディスカウントを見ないようにして生きています。このような飼い主は、誇大した自己感や操作的な感情を持つようになり、盲目的な自分の判断でペット飼育を継続しています。この結果、適切な飼育方法がなされないためにペットが病気になる、自分の欲求不満のはけ口としてペットを虐待するなどのペットへ動物愛護上の問題を引き起こすことに繋がってきます。つまり、ペットが人にもたらす効果が人にペット依存を生むことになり、そのことがペット自身に動物愛護上の害を与える結果となるケースがあるということになります。

 このような飼い主自身やペットの存在をディスカウントしていることによって引き起こっている動物愛護上の問題はたくさん存在すると考えられ、動物病院で遭遇することがあると考えられます。たとえば、ペットに“自分の方を向かせる”という飼い主自身の欲求を満足させる目的で、ペットにとって不適切な食べ物を与え続けて病気にしてしまう飼い主がたくさん存在します。ペットに依存するあまり社会とのつながりが薄れ、ペットとだけの関係に陥り、自分が病気の際入院を拒む飼い主なども近年の高齢化社会では現れてきています(NHK,2014)。ペットと一体化し、ペットと自分の境界線が曖昧なままペットを飼うあまり、理性的にペットの存在を考えることができず、健康なペットに手術をするとはとんでもないと思い、不妊手術などの計画的な繁殖に繋がる処置を怠り、結果として自分が飼育することができないほど繁殖してしまい、飼育破綻に陥る飼い主も存在します。

 このような社会的な問題になるペット飼育上の問題は、おそらくほとんどすべてがその飼い主の歪んだ人生態度・幼児決断・人生脚本が関係していると考えられます。そしてこのような問題を引き起こす飼い主の人生脚本にはディスカウントが関与しています。ペットがその本来の動物種らしく生きる権利をディスカウントしていること、飼い主自身のペット飼育能力をディスカウントしていること、飼い主が計画的にペットを飼育することについて考えることをディスカウントしていること、飼い主が自分で考えて判断して生きてゆく能力をディスカウントしていることなどが関係していると考えられます。ディスカウントは、人が自律して生きることを阻害します。つまり、ペット飼育にディスカウントが関係しているならば、ペット飼育によってその人が自律的に生きてゆくことを阻害することがあると言えるでしょう。

 ペット飼育の裏側にある社会的問題は、交流分析的にペット飼育や獣医療を評価することでその発生原因があぶりだされてくることが分かります。しかし、そうはわかっていても、極端な高齢化社会、核家族からさらに進んだ“個”家族時代が到来した現代の日本では、人間の孤独や不安を解消するペットの役割は今後さらに需要があると考えられます。

 このようなペット飼育のニーズの中で、ペット飼育の裏側にある社会的問題を理解しながら誰が適正にペットを飼育する方法を考えて啓蒙してゆくのでしょうか。私は、この役割を担うことを一番に期待される存在が小動物病院で働く我々獣医師や病院スタッフではないかと考えています。ペット飼育の裏側にある社会的問題の最前線にいて、その問題に最初に直面するのが動物病院であると考えられるからです。このような認知からおのずから導き出される結論としてペット飼育にディスカウントを蔓延らせないような調整役としての役割が今後の動物病院・獣医師には望まれてくると考えられます。

 幼児決断やドライバーがペット飼育のきっかけになっていることは非難されることではないし、仕方がないことであると考えられます。しかし、ペット飼育におけるディスカウントは、ペットたちを不幸に陥れます。ペットから恩恵を受けている私たちは、ペット飼育を通じて、自身が行っているディスカウントやディスカウントの基になる人生脚本に気づく努力を怠ってはならないのではないでしょうか。そうしなければ、ペットが死んだらまた次のペットで自分の心の穴を埋め合わせるような、自律性の獲得から程遠い結末と飼育されるペットの不幸が私たちを待っています。このようなことを繰り返すことは、人に多大な恩恵を与えてくれるペットたちに顔向けができないように思います。そして、ペット飼育におけるディスカウントを肌身で感じやすい動物病院には、ペット飼育におけるディスカウントを世の中に丁寧に説明し、ペット飼育を通じて人の自律性を獲得することを啓蒙する使命があるのではないかと思います。このような“ディスカウントのないペット飼育を促す調整役”として働きが、今後の獣医師や動物病院スタッフに求められるのではないかと思います。

 獣医師がペット飼育にディスカウントを蔓延らせないように調整するためには、交流分析の知識に基づくAからの動物飼育や獣医療現象の俯瞰化が必要だと思います。飼い主がペットを飼育する理由、動物病院に連れていく程ペットへ愛着を抱く理由、様々な治療の選択肢からペットの治療法を決断する理由には、飼い主とペットとの関係、飼い主の人生脚本が関与してきます。このことを獣医師はじめとする動物病院スタッフが交流分析を用いて理解し、獣医療サービスを提供することが今後ますます望まれてくると思います。これからの動物病院は“ペットを治療するところ”という存在にとどまっていてはいけない気がします。獣医師は、“ペットを治療する”という現実的な業務を執り行いつつ、飼い主に寄り添って話を聴いて、飼い主の本物の感情に肯定的ストロークを与え、動物病院スタッフと飼い主が行うペットにまつわるディスカウントに気づき、このようなペット飼育にまつわる問題を克服するためにともに成長してゆけるような交流を志向する必要があると思います。「自分も他人もOK」であり、「過去と他人は変えられない。自分と未来は変えられる」と交流分析は教えてくれます。このような交流が、ペット飼育を通じて人が本当の愛を獲得することに導いてくれるのではないでしょうか。私は、交流分析の考え方が、私たち人間がペット飼育を通じて、ありのままの自分を受容し自分自身を認め許して、他者をも受け入れ認め許してゆけるような、本当の愛を獲得するのを助けてくれると考えています。

獣医師と飼い主のAの活性化の実際④

〜ディスカウントのないペット飼育の調整役として動物病院が機能することで、病院スタッフと飼い主がともに成長してゆくことを志向する。

ペットにまつわる社会的問題をAによって俯瞰し、“ディスカウントのないペット飼育を促す調整役”としての役割が今後の動物病院に期待される