飼い主がペットと過ごす時間は、どの時間の構造化に分類されるでしょうか。飼い主の自我状態と合わせて考えてみようと思います。ペットと過ごす時間は、飼い主にとってリラックスできる時間と考えられます。この時飼い主は、FCNPの自我状態を充分に発揮させてペットに接する時間を過ごしているでしょう。ペットがディスカウントのないストロークを与えてくれることから、飼い主はペットに対して、絶対的な信頼感を抱くと考えられます。ペットとともにいる時、飼い主はペットの示す愛着行動を受け入れ、自身の気持ちを素直に表現できる時間と考えらますので、親交・親密の時間を過ごしていると考えることができます。

 一方、前述したとおりペットとの関係で飼い主のAは抑制されている可能性があります。そして、日常生活に適応するため現代人はACを働かせ生きていると考えられますが、ペットとの関係では私たちはACから解放されることで“癒し”を得ている可能性があると考えられます。このように考えると、ペットとの交流で人にとって過酷な現実から逃避していると言えるのかもしれません。つまりペットとの交流をしている時間は、人との交流を閉ざし、飼い主がペットを“鏡”のようにして、自身の空想の中に浸りこんでいる閉鎖・自閉の時間だとも考えることもできます。

 また、ペットとの交流では肯定的ストロークを得られます。安全で予想可能な密度の低い肯定的ストロークをペットとやりとりしている時間であるとも考えられます。この観点から言えばペットから得られるストロークの密度が低い時は雑談・気晴らし の時間であるとも考えられます。

 このように、私たちは、ペットと過ごすことによってさまざまな種類の時間の構造化を行っていると考えられます。私たちにとって、対人交流を行わなくても肯定的ストロークを受け取りながら様々な種類で時間を構造化できることがペット飼育の魅力なのかもしれません。しかし、このペットとの時間の構造化はペットが言葉を発しない分、飼い主の空想が作り上げた交流である部分もあり、また、自我状態のAが働きづらい交流であるとも考えられます。このことは、ペットとの時間の構造化が、排他的で利己的で感情的であるデメリットを持つことを考える必要があります。

 ペットと過ごす時間の構造化が、親交・親密、閉鎖・自閉、雑談・気晴らしのいずれが優位であるのかという傾向は、飼う人の持つ人生態度人生脚本の影響を反映することも考えられます。親交・親密が優勢であれば、自身の自律性が発揮されていると考えられますので、ペットとの付き合いが健康的であることを示唆するでしょう。閉鎖・自閉が優勢であれば、自分はnot OKの人生脚本によって生きていることや、自分にストロークして自分を立て直す必要があるほど疲れていることも考えられます。雑談・気晴らしであれば、自分を害されない弱い肯定的ストロークの授受を望む傾向があるのかもしれません。このようにペットとの時間の構造化の傾向から、その人にとってペット飼育が関係する人生脚本や幼児決断の影響を類推することが可能ではないかと考えられます。

ペットと過ごす時間 〜時間の構造化の視点から

ペットと過ごす時間 〜時間の構造化の視点から