次に交流分析から獣医師を考えてみようと思います。まず、獣医師の自我状態について検討してみようと思います。

 診療中飼い主との対話の中で同じようなトラブルを何度も起こしてしまうような経験はないでしょうか。たとえば、獣医師がけんか腰になってしまい転院してしまったとか、飼い主がこちらの言うことを聞いてくれないとか、飼い主にすぐ怒られてしまうとか。このようなことが頻繁に起こってしまう場合、獣医師自身が持つ交流の傾向が関係し、飼い主とのコミュニケーションに支障を来していることが考えられます。獣医師が診察時の交流の傾向がなぜ生じてしまうのか理解しておくことは適正な診療を行うために有用でしょう。

 交流分析的に考えると、トラブルに繋がってしまう診療時の交流の傾向は、無意識にとってしまっている獣医師の自我状態のあり方が関係します。これは、獣医師が持つ人生態度人生脚本などと密接に関係していると考えられます。つまり、飼い主との交流に支障を来している時の自我状態のありよう(自我状態の5つの機能:CP、NP、A、FC、AC)を獣医師が意識しながら交流することで、交流の改善につなげることができると考えられます。また、獣医師が自分の診療時の交流の傾向を知り、その時どの自我状態が優位に働いているかを理解することは、自分の持つ人生脚本を知る第一歩になり、これは診療時のより良いコミュニケーションを実現することに繋がるでしょう。

 自分が持ちやすい自我状態を理解するためにはエゴグラムが利用できます。エゴグラムは主に質問紙を使って測定できる棒または折れ線グラフであることを説明しました。一度専門家にエゴゴラムを測定してもらっておくことは、自分の持ちやすい自我状態を理解するための助けになるでしょう。エゴグラムを測定したことがなくても、前出した「簡易エゴグラム傾向チェック表」を利用することで、診察中の自分の心理状態を想像しながら、どの自我状態が自分は優位に働いているのか、どの自我状態が低下しているのか、また、過剰に働いているのかを査定することはできます。この傾向から自分の自我状態の傾向、エゴグラムを推察することも出来ます。

 獣医師は一般的にどのような自我状態が優位になって業務を執り行っているでしょうか。一般的な獣医診療の流れ(木村,2014)を用いて確認してみましょう。

 小動物診療は主に飼い主とペットが動物病院に訪れて病状などの主訴を受付で告げ、カルテなどの基礎データを記載して診察前に情報を整理する「準備」の段階から始まります。その後獣医師の挨拶や自己紹介などの「オープニング」を経て、問診から「情報収集」し、ペットの「身体検査」に入ります。ここまでで得られた情報を統合して治療の「説明と方針決定」行います。病気の診断が治療の上で必要なら飼い主の希望に応じて「検査と診断・治療の説明」を実施し病気の診断・治療をします。その後治療や看護、今後の来院予定について説明などの「クロージング」によって終結します。このような診療の流れの中で獣医師の自我状態は時々刻々と変化すると考えられます。

自我状態とエゴグラムを獣医療に利用する

 診療の流れの中で、獣医師が権威的で独善的な振る舞いが目立つときはCPが優位に働いているでしょうし、養育的な関わりが多い時はNPが優位に働いているでしょう。緻密に論理的に診断しているときはAの働きが優位に働いているでしょう。楽しい・悲しい・戸惑った等の感情的な気持ちを優位に感じているときはFCが、飼い主の意見に流されすぎるたり、合わせている時であればACが優位に働いているでしょう。診察の場面を思い描きながら簡易エゴグラム傾向チェック表を用いて自分のエゴグラム想像してみると、診療のその時々で優位に働いている自我状態、過剰に働いている自我状態、機能が低下している自我状態に気づくことができると思います

 診療時の自我状態の傾向を評価するうえで、知っておいた方がよい前提があります。獣医師と飼い主の関係は、医者‐患者が陥りやすいパターナリズム(paternalism;父親と子どもの関係のように、権威ある立場の者が善意に基づいて他方を一方的に保護・指導する関係やその立場・考え方。父権主義、温情主義)やお任せ医療関係(医療行為について、患者がその専門家である医師の裁量に託してすべて受け身になってしまう傾向をもつ一方通行的な治療関係)の影響を受けているということです。パターナリズムやお任せ医療関係の影響を考えて自我状態を評価すると、獣医師はP(特にCP)とAが高くACが低い逆N型のエゴグラム(NPは高い場合と低い場合がある)を、飼い主はACが高くAが抑制されたN型に近いエゴグラムを取りやすいことが考えられるということになります。獣医師がとりやすい逆N型のエゴグラムは、責任を持って治療を主導し、正誤を判断する論理的思考が働くため、診断や治療をすることには有利に働きます。一方、独善的で自分が正しいと考えすぎるため飼い主と齟齬が生じる可能性もあります。また、飼い主がとりやすいエゴグラムは、依存的になり、周囲の情報にうとくなり判断力が鈍り、感情的になり反動的な怒りが生じやすい特徴があります。

 獣医師の自我状態は、パターナリズムの影響でCPが高くなる傾向があります。これは、業務上の責任感や正義感に繋がるメリットを有しますが、独善的・支配的なデメリットが現れることがあります。また、CPが低下していては、診療方針を決められず適正な獣医療行為を行えなくなることが考えられます。NPは、獣医師のやさしい印象を形づくることに役立ちます。NPが優位に働いていれば、相手の気持ちを思いやる行動から飼い主との信頼関係を築くのに有効に働きます。過剰に働くと、飼い主に世話をやきすぎ依存性を助長し、行き過ぎたサービスを行ってしまうことになるかもしれません。NPの機能が低下すれば、冷淡で相手への配慮を欠いた振る舞いに繋がってくるでしょう。獣医師は正確に病気を診断して治療することが望まれるため、Aが低いと論理的思考が行えず、業務を適正に行うことが難しくなります。Aが過剰であれば機械的で打算的な対応が認められるようになります。業務を遂行するにあたり獣医師は適度にAが活性化されている必要があると考えられます。FCの否定的な働きが強ければ、わがままで軽率な振る舞いが認められるようになると考えられ、適正な獣医療サービスを提供することに支障を来すことが考えられます。FCが低ければ、仕事が楽しめず、うつや心身症のリスクが高まります。適度なFCの働きが生き生き仕事をするうえで大切になります。ACが低いと相手に合わせることが出来ないので、そもそもの治療者‐クライアント関係の構築に支障を来すことが考えられます。ACの否定的な働きが強ければ、依存的で決定できない頼りない獣医師と飼い主の目には映りますので、飼い主と信頼関係を結ぶことは困難になるでしょう。このように考えていくと、獣医師は逆N型のエゴグラムを持ちやすい状況にありますが、適正に業務を遂行してゆくためにはAを頂点として、全ての自我状態が高まった山型のエゴグラムを理想形として、自我状態のバランスを整えてゆくことが必要だと考えられます。

 交流分析では、機能していない自我状態を持ち上げる努力をすることで、過剰に活性化された自我状態を低下させることができ、エゴグラムのバランスをよくすることができるという考え方があります。(「エネルギー一定の法則」)。この考え方に従うと、偏った自我状態の働きによって飼い主との交流に支障が出ているのであれば、低い自我状態を訓練で向上させることで自我状態のバランスを整えることが出来るでしょう。CPが低い場合、ルールを決めて厳格に守る、他人の意見をうのみにしないで懐疑的に反論を考える、責任が自分にあるものと自覚するようにする、などの対応方法で自我状態を向上させられるでしょう。NPが低い場合、相手の気持ちになって考えてみる、褒め言葉励まし言葉を使うように心がける、育てる気持ちで後輩を指導する、などの対応方法で自我状態を向上させられるでしょう。Aが低い場合、毎日計画通り生活する、データから科学的思考を用いて診断する、自分自身を俯瞰し冷静に対応する、などの対応方法で自我状態を向上させられるでしょう。FCが低い場合、楽しい話を人に持ちかける、やっている業務に興味を持つ、わくわくする新しいことにチャレンジしてみる、などの対応方法で自我状態を向上させられるでしょう。ACが低い場合、相手を優先し自分を抑えるようにする、何かお願いする時「申し訳ありませんが・・」と付け加える、相手の話をよく聞いてみる、などの対応方法で自我状態を向上させられるでしょう。低い自我状態への対処を日常的に行うことで、低下している自我状態が改善され、自我状態の機能のバランスを整えることを目指せます。

 過剰に働いて否定的な影響を及ぼしている自我状態の機能は、肯定的な機能に変換して表現するようにするのも一つの方策です。CPが過剰に働き対話において権威的・独善的な印象を与えるようになっているときは、責任感や正義感といった肯定的なCPの側面を表現するように切り替えるとよいでしょう。NPが過剰に働き、相手の依存心を引き出す・親切の押し売りをするようになっているときは、相手を思いやり信頼し存在を認めているといった肯定的なNPの側面を表現するように切り替えるとよいでしょう。Aが過剰に働き機械的で打算的な印象を与えるようになっているときは、論理性や分析力といった肯定的なAの側面を表現するように切り替えるとよいでしょう。FCが過剰に働き、わがままで天衣無縫な印象を与えるようになっているときは、遊び心やのびやかといった肯定的なCPの側面を表現するように切り替えるとよいでしょう。ACが過剰に働き、依存的で指示されたことしかできないような印象を与えるようになっているときは、協調性や素直で従順といった肯定的なCPの側面を表現するように切り替えるとよいでしょう。否定的に働いている自我状態の肯定的な機能を表現するように努めると相手に受け取りやすい交流を作ることが出来ます。

 このようにエゴグラムを用いて診療中に働いている自我状態の傾向を知り、偏った自我状態の機能のバランスを整えるようにすることは、自分の診療のクセに気づくことに繋がり、支障が出ていたコミュニケーションの改善に一役買ってくれることと思います。自我状態の機能のバランスが改善すると、飼い主との円滑なコミュニケーションを実現することが出来、より適切な診療に繋げることが期待できるでしょう。

 このようなことを踏まえて、獣医師の業務の中で、獣医師の各自我状態の働きが高い時、低いときのメリット・デメリットを考えてみようと思います。

一般的な獣医診療の流れ(「動物医療現場のコミュニケーション(木村,2014)」から抜粋)

パターナリズムとお任せ医療関係が及ぼす自我状態への影響

獣医師の自我状態の働きが高い時と低い時のメリット・デメリット