ディスカウントのない交流の重要性を説明してきました。獣医療の職場において、ディスカウントのない肯定的ストロークを多用することを意識することは大切であると考えられます。これは、飼い主に対してだけではなく、動物病院で働くスタッフ同士にも言えることです。

 動物病院は、いわば“他人の困りごとを解決する”ことを目的にする対人サービス業です。千差万別の価値観を持つ人を相手に、その人が困っていることを個別に判断評価して対応することが要求されます。そして、その困りごとを解消する目的を達成するために、自分の感情を押し殺すことも要求されます。このように自分の感情を抑え、緊張させそのことに耐え忍び、コントロールすることを課されるような業務を感情労働(武井,2001)と呼びます。相手の感情を考えながら、自分の感情をコントロールし表出させることが求められるため、対人関係による心理的ストレスを受けやすい職種であると考えられます。対人サービス業など感情労働に従事する人は、自分よりサービス相手である他者を優先して考える必要から、ストロークを与えることはあっても、受けにくいことが想像され、ストローク飢餓に陥りやすいと考えられます。

 ストローク飢餓の際、人は、肯定的ストローク、否定的ストロークに関わらずどんなストロークでも欲するようになります。肯定的ストロークが不足していれば、心理ゲームを仕掛けることによって否定的ストロークでもよいからストロークを得ようとします。感情労働者である獣医療従事者は、ストローク飢餓が生じやすい業種上の特徴から心理ゲームを引き起こしやすい環境で業務しているといえます。

 心理ゲームが職場内で蔓延するようになると、悲惨な状況になります。動物病院は、病気のペットが訪れますので、ただでさえマイナスのエネルギーを被りやすい職場です。このような職場のスタッフ間で心理ゲームが日常的に繰り返されると、人の心はよどみ、柔軟性を欠き、余裕を失ってゆきます。このような職場環境にあってさらにストローク飢餓に陥り、“毒が毒を呼ぶように”心理ゲームのスパイラルを生み、さらに人心をむしばんでゆくと考えられます。このように、動物病院という職場は、心理的ストレスを受けやすく、心理ゲームによってそのストレスを増幅しやすい傾向があると考えられます。

 動物病院という職場環境が心理ゲームを起こしやすい環境であることを踏まえて、心理ゲームを引き起こさないようにするための対策をとることが大切です。普段からスタッフ同士でAを働かせた交流を心がけることが大切ですが、お互いにディスカウントのない肯定的ストロークを大量にそして継続的に職場環境に提供し、ストローク飢餓を生まないよう職場環境を作ってゆく努力も重要です。ストローク飢餓を肯定的ストロークで埋めることで、心理ゲームが起こりにくい環境を作ることが出来ると考えられるためです。大量かつ継続的にディスカウントのない肯定的ストロークを職場環境に提供することを目的に、まず職場の構成員全体でお互いに毎日のようにストロークし合うことを心がけることが大切です。

 心理ゲームを蔓延させないための具体策を考えてみましょう。病院スタッフのAが充分に機能できるようにするには、休みを十分取ることがまず大切です。職場環境から離れて、気分をリフレッシュすることによって、心に余裕ができAを活性化することが出来るようになると考えられるからです。そして大量かつ継続的にディスカウントのない肯定的ストロークを得られる職場環境を作るために、意識的にディスカウントのないストロークをスタッフ同士で与え合うようにすることが大切です。一緒に仕事をしているスタッフを無条件に非難するようなディスカウントのあるストロークは、ゲームを助長し、人間関係に害を及ぼし、自分たちで自分たちの首を絞めているようなものです。相手を認めて挨拶をする、お礼を言う、相手の存在を喜ぶ、ほめるなどのディスカウントのない肯定的ストロークは、ストローク飢餓に陥りやすい獣医療の職場環境にストロークを供給することに繋がり、ディスカウントのある否定的ストロークを減らすことを促します。飼い主やスタッフ同士が自分も他人もOKであることを確認し合うことで、心理ゲームのスパイラルから脱することを促します。飼い主やスタッフを指導する目的で否定的ストロークを用いる必要があった場合もディスカウントを伴うストロークを用いないようにすることで、心理ゲームを避けることが出来ます。このようにディスカウントのないストロークを多用することは、職場環境を健全に保つために意識される必要があると考えられます。

 獣医療が人の困りごとの処理する感情労働である以上、動物病院のスタッフが対人関係によるストレスを受けやすいということは避けて通れない事実です。ですから、感情労働によって被った心理的ストレスは適切な方法で解消することも必要であると考えられます。交流分析的に考えると、自分に有害な心理的ストレスに遭遇した場合、そのストレスに対する反応として、自分の中に本物の感情である怒り(mad)悲しみ(sad)怯え(scared)のうちどれかまたはいくつかの感情が生じてくると考えられます。なぜなら、この感情は人が危機状態にあるときに、その問題を解決するために生じてくるからです。この感情を適切な方法で表現することは、心理的ストレスを軽減し処理するために役立ちます。一つの方法として、“適切な方法と環境下で愚痴を聞いてもらう”ことがあると思います。業務において飼い主や同僚に否定的な感情をもつこともあり、それは普通のことです。職場で相手に対して無条件に否定的ストロークを表現することは問題が発生すると思いますので良い方法とは思えませんが、職場と関係のない信頼できる人に愚痴を聴いてもらうことは、否定的な感情を発散するために必要になることもあります。“大声で歌う”“ジョギングなどの運動をする”なども本物の感情の持つエネルギーを上手に発散する方法として利用できるかもしれません。望ましくないことは、本物の感情を無視したり、他の感情(ラケット感情)に置き換えて感じてしまったりすることです。このようなやり方は心身に支障をきたし、問題解決に繋がらない結果を生みます。心理的ストレスを受けたとき、本物の感情である怒りや悲しみや怯えが生じることは正常で当たり前の反応です。ですから、本物の感情を感じている自分自身にディスカウントのない肯定的ストローク「怒っていいんだよ(悲しんでいいんだよ、怯えていいんだよ)」を充分に与えてください(セルフ・ストロークとも言います)。そして本物の感情に充分に気づき表現することが大切です。心理的ストレスによって生じてくる本物の感情を適切に感じとり、それを定期的に発散するような “ガス抜き”を行う自分なりの方法を持っていることがストレスをため込まないようにするために必要であると思います。このように考えると仕事に影響なく愚痴を聞いてもらえる信頼のできる人がいること、スタッフ同士で支え合えるような環境があることなど、自分の周りの社会的ネットワークを拡充しておくことは、心理的ストレスへ対処し自身の健康を保つために非常に大切であることが分かります。

獣医療の職場における心理ゲームスパイラル

心理ゲームスパイラルを断ち切るために  ~Aを働かせた交流~

・休養を充分に

・無条件肯定的ストロークをお互いに出し合う

・ディスカウントはしない(他人、環境、そして自分自身も)

・心理的ストレスを解消するため、適切な方法で本物の感情を表現する方法や場をもつ