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ディスカウントに気づく

 ディスカウント人生態度心理ゲーム人生脚本へ大きな影響力を持っています。養育者からの影響で備わってしまったディスカウントが人生のすべての行動や情動に影響を与えてゆくと考えられるからです。そして、ディスカウントは相手だけでなく自分自身も蝕んでゆく可能性がある有害なものです。そこでディスカウントをに気づき、行動をあらためる努力を人は行う必要があります。

 他人がディスカウントをしているかどうかを確かめることは、心の中を観察することができないので不可能です。よって、ディスカウントに気づくことは難しい場合があります。しかし次の4つの行動を見ることでディスカウントをしていることを観察することができます。よって、この4つの行動に気づくことで自分や他人のディスカウントを見つけることができます。この4つの行動は、ディスカウントに対する4つの受動的行動と言われます。

ディスカウントの4つの受動的行動

 

①何かのアクションを起こさなければならない状況でなにもしない人

 

②過剰適応によって手を出しすぎてしまう人

 

③いつもいらいらした行動で対処する人

 

④自分が無能であることを主張する行動、または、暴力をふるうことで誰かに解決を望むような行動をする人

ディスカウントの4つの受動的行動

①何かのアクションを起こさなければならない状況でなにもしない人

 たとえばペットの定期的な給餌などの世話を怠り、病気にしてしまう人がその例です。このような人は、問題解決のための行動をすることの代わりに自分の考えを停止することで対応しています。

②過剰適応によって手を出しすぎてしまう人

 たとえば、ペットの排泄のたびにウエットティッシュでお尻を拭きすぎて、肛門周囲の皮膚炎を引き起こしてしまうような飼い主がその例です。この人は、自分の信じていること「排泄したらお尻を拭く」ということが他人(ペット)にとって適切かそれを望むのかを確認することもしないで、しかも何が飼い主自身の望みなのかに関係なく(ここではペットが健康であることなどが考えられる)自分の信条(排泄したらお尻を拭く)に従っています。このような人は、他人の考え(ペットにとって適切な飼育方法)や自分の他の考え(汚れていなければ肛門周囲を傷つけるから何もしないのも一つの方法であるはずです)に基づく代替案をディスカウントしています。この例のような過剰適応をしている人は一見親切な人とみなされますので、自分がディスカウントをしていることに気が付くことが難しいという特徴があります。

③いつもいらいらした行動で対処する人

 たとえば院長先生が自分の思惑通り仕事をしてくれないスタッフに対していらいらして、不貞腐れたり、無口になって眉を顰めたり、時に八つ当たりしたりしているようなときです。院長は一緒になってスタッフをフォローして問題解決をする行動をとる必要がありますが、院長は自身の問題解決する能力をディスカウントし非生産的な行動をとっているのです。

④自分が無能であることを主張する行動、または、暴力をふるうことで誰かに解決を望むような行動

 たとえば、自分が飼っているペットの世話や治療を動物病院や他人にすべて任せて、ペット飼育における最低限ともいえる責任を放棄している飼い主がこれにあたります。また、気に食わないことのはけ口のためのペットの虐待などの時も同様です。自分の能力をディスカウントし、誰かまたはペットのせいにして問題解決のための行動をとっていないのです。

 ディスカウントは、自我状態の汚染や除外が関係していると考えることも出来ます。自我状態の汚染や除外がある人は、偏った信念や妄想的な現実認知を持ち、Aを適切に働かせることができず、現実をありのままに評価することが難しいと考えられるためです。Pの持つ信条やCの持つ幻想をあたかもAからの考えだと無意識のうちに取り違えて現実に対処してしまい、自分や他人や状況をディスカウントしてしまうのです。現実を取り違えて対処し、自分の自我状態のある部分を無視しているともいえます。たとえば、アルコール依存者でお酒のたびに暴力をふるう人は、自我状態Aが汚染しているか、自我状態のC以外を除外していると考えられます。子ども時代に親からの愛情や承認が不足し欲求が満たされず、自我状態Cの欲求不満を抱いたままであるため、お酒を飲んで酩酊すると他人に迷惑がかかる暴力という行動をとっても正当化したり(Aの汚染)、子どものように暴力という短絡的な行動を取っている(C以外の除外)と考えられるためです。このようにディスカウントを行っている人は、P、A、Cの自我状態のうちいずれかの自我状態を働かしていないということがいえます。ディスカウントのうちAを働かせていないディスカウントは、全ての自我状態の機能が調節不全に陥るため、その障害が大きいことが言われています。

 他にnot OKの人生態度を持つ人も厳密にいうと何らかのディスカウントをしていると考えられます。思考過程において過度の詳細化を行う人、反対に過度の一般化を行う人もディスカウントをしていると考えられます。言語的な鍵として主体性から逃げるような表現、たとえば「・・してみようと思います」「・・したいと思います」等の表現で「・・してみようと思うけどできない。したくない。」というニュアンスを含む表現はディスカウントを含んでいます。また、「できますか」「はい。」と答えているにもかかわらず、表情や仕草が困惑していてできないニュアンスを醸し出し、言動不一致が認められる場合も何らかのディスカウントを行っています。

 このようにディスカウントはあらゆる日常場面に存在します。無意識の中に葬られ、気が付きにくいものですが、以上に挙げたポイントを基に自分のディスカウントに気が付くことができ、ディスカウントをやめる第一歩に繋げることができます。

 ディスカウントは、実はこのように日常生活のいたるところに存在し、自身の生活に少しずつ影響し、人を自律的に生きることから遠ざけています。このような中で、ディスカウントに気づき、ディスカウントをやめてゆくことが交流分析の目標である自律性の獲得において不可欠です。しかし、ディスカウントは無意識のうちに行われ、人生態度・幼児決断人生脚本の影響で自分の思考スタイルにいつの間にか組み入れられてしまっていることが多いため、ディスカウントに気づくのも、ディスカウントをやめるのも、“言うは易し行うは難し”で非常に難しい作業となってきます。

 獣医療を営む獣医師自身にもディスカウントは知らず知らずの間に影響を与えています。獣医師である私たち自身がディスカウントに気付くことは、獣医療業務において非生産的な対話や関係をやめ、生産的な活動を起こすために必要になってきます。そして、円滑で適切な獣医療業務を遂行するためには、ディスカウントが獣医師自身の人生に影響していることを理解する努力を日々行う必要に迫られることになると思われます。また、他人が行うディスカウントに気が付くことも、適切な対人関係を築くためには必要となります。他人が行うディスカウントに気が付くことは、相手が仕掛けてくる不要な心理ゲームに巻き込まれることを防ぐ第一歩になります。そして、ディスカウントを有して生活している人の人生脚本や生きづらさに思いを巡らすことによって、相手に有用な対応を適切に行うことができるようになると期待できます。

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